ESG(Environment, Social, Governance)は、旧オランダ東インド会社の時代に誕生。日本では日本独自の基準によって世界標準からずれて異質な発展を始めている

執筆者:松山英明氏(株式会社ナディア 代表取締役)

※所属・肩書は掲載当時のものです。

 現代のコーポレートガバナンスやIRにおいて、ESGがキーコンセプトとなっています。また、そのコンセプトによる株主・投資家向けの報告である「統合報告」もESGコンセプトからの説明が必要です。しかし、日本のそれは、国際標準からは満足できない内容のものが大半です。
 世界最初の株式会社は、1602年に設立された旧オランダ東インド会社ですが、1893年に誕生した日本初の株式会社・日本郵船株式会社の290年以上も前に、世界では株式会社の歴史がスタートしています。この差が、現代の日本における株式会社にかかわる様々な課題に対する認識に大きなずれを起こさせているように思われます。
 東インド会社が活躍した1600年代にすでに真の株主(長期投資家)にはESGに関する考え方や行動が生まれていました。1995年に設立された世界のコーポレートガバナンスを主導するInternational Corporate Governance Network(ICGN)が主催するトレーニングにESG Integration Professional Development Programmeがあります。このトレーニングは2012年から本格的に開催されていますが、世界を代表するCalPERSやHERMESなどの公的年金基金のガバナンスのプロフェッショナルや研究者が中心となり、ESGのコンセプトの確認や具体的な実践的評価の在り方などが議論されています。私も初回から合計3回このトレーニングを受講しました。
 この中で最初に研究テーマとされている「Overview of ESG in practice」の冒頭にある「ESGの発展」において、旧オランダ東インド会社の大株主のアイザック・ルメール氏がESGのコンセプトに基づく株主活動を最初に行ったことが紹介されます。その内容は、特に日本で認識が間違えられているESGの「S」に関する活動が最初だったことが紹介されています。
 日本では「S」をCSRのSと誤解されているようで、一般社会に対する責任をどう果たすかが議論されています。しかし、実は、この「S」の最も重要な要素は、社会ではなく「社内(会社)」に集う人々の人権の確保や労働環境の整備の問題が認識されているところにあります。
 ルメール氏が大株主として活発に働きかけた内容はICGNのESGプロフェッショナル育成特別講座でも毎回示されています。
 ルメール氏が経営陣に対して行ったエンゲージメントは、インドの厳しい気象条件の中で働く旧東インド会社の人々が、過酷な労働を強いられている状態の改善を強く求めたことに始まります。
 ESGは、最近、S&P Dow Jones Indicesが発表した「ESG投資の理解を深める」をテーマにしたレポートにも取り上げられ、「S」を次のように定義しています。「職場のメンタリティー(例えば、多様性、経営、人権)やコミュニティを取り巻く関係(コーポレート・シチズンシップ[企業市民活動]や慈善活動)に言及する」とされています。日本で未発達なESGの最大の差は「職場のメンタリティー」に対する認識が著しく欠如している点にあります。
 日本では、最近になって「にわかESG信者」が急増し、東証一部上場会社では統合報告と題する報告書を作成するのが流行っているようです。また、それに対するコンサルタントも活発に活動しているようですが、「S」に関する正しい認識が不足したまま作成しているため、その内容は真の長期投資家からは満足されずにいるようです。
 世界標準のESGを正しく認識し、長期投資の株主との認識の一致が無ければ、ウリカイで利ザヤを稼ぐトレーダー中心の株式市場から、安心して長期資金を提供できる資本市場の信頼性を回復することはまだまだ先のように感じられます。

2019/01/11 発行 IPOかわら版【第39号】掲載のweb版となり
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