A&A blog

職人技

12.10

 昨年亡くなった私の父は紳士服の仕立て職人であった。生まれてずっとその環境に居たせいか父の職人技の凄さを今まで気付かなかった。紳士服の仕立てといってもあまり馴染みがないと思われるため、工程を述べつつ父の職人技を述べていきたいと思う。

    まず、客の趣味から何千枚とある生地の中から一枚の生地を選択する。(皆さんはスーツをオーダーメイドする場合、自ら生地を選んで注文すると思われるかも知れないが、父の顧客の9割は作りたいスーツの用途及び大体の色合いを述べるのみで父にそのほとんどを任せていた。例えば同じ黒といっても数百枚は下らない在庫の中で顧客の満足のいくものを選ぶのは想像もつかない苦労があったと思われる。数百人の顧客の好みを瞬時に判断できる直感が長年の経験で備わっていたのだと思う。)

    生地決定後、形を決定する。単に形と言っても、上着はシングル・ダブルの決定から、襟の形、ボタンの数、裾の長さ(イギリス式、イタリア式)、上着のどこに切れ込みを入れるかなど様々である。父の顧客のほとんどは形の決定に多大な時間を要する。オーダーメイドを行う顧客はさすがにお洒落で細部までこだわりを持った方が多い。

    形の決定後、ようやくサイズ測定が行われる。私もこれまで贅沢なことに父に作ってもらったスーツ以外着たことがないためサイズの測定に時間がかかるのは当たり前だと思っていたが、ここにも父のこだわりがあったことを今になって感じる。それは、父が亡くなり、父以外にサイズの測定を行ってもらう機会が増えたが父の測定に比較して1/5程度の時間しか要しないからだ。他が雑に測定を行っているとは言わない。父のこだわりが普通ではなかったのだ。「オーダーメイドのスーツは測定時にサイズを少しでも誤ると出来上がりの最高のフィット感が味わえない。その最高のフィット感を味わってもらうことが俺の喜びだ」と父は常々言っていた。メジャーだけでは測定できない、人各々の体の形をその測定時に職人として感じ取っていたのだと思う。同じなで肩、いかり肩でも傾斜など人それぞれ少しずつ異なり、その違いを時間をかけて細かく把握していた。

    ①~③の工程が終了して、ようやく作成に入る。父は生地の裁断を行い、裁縫を他の7人程度の職人に行わせていた。裁縫の職人にも各々くせがあるため、顧客に応じて職人も区別していた。裁断後、仮縫いを行い、自分の体を通して最初のチェックを行う。私は人のスーツを父が試着して何が分かるのだろうといつも思っていたが、父には鏡に映った自分の姿ではなく、仮縫いされたスーツを着た顧客の姿が見えていたのだと思う。たった一度の測定でそれ程詳細に顧客の体を把握していたのだ。

    仮縫いでの父のOKが出た後、顧客の体で仮縫いのチェックを行う。この過程でより細かなチェックを行う。この段階まで来ると、顧客のOKが出るまで時間は要しない。つまり、裁縫の職人にとっては顧客のOKよりも父からのOKが出ることの方が難しいことだったのである。私にとっては優しい父であったが、裁縫の職人に聞くと昔ながらの頑固親父だったようである。

    仮縫い後、本縫いを行い、スーツが出来上がる。ここでも、仮縫いと同じ父のチェックが入り、納品される。スムーズに流れているように思われるが、納品までにはやはり1週間程度を要していた。その1週間は素人の目では到底分りえない細部の微調整を行っていたのである。

上記の様に①~⑥までの作成過程によりようやく1着のスーツが出来上がる。それまでに要する時間は約1ヶ月である。1ヶ月という期間は短く感じるかもしれない。しかし、父の1ヶ月をじっくり見ていると、1ヶ月という短い期間であるが、お腹いっぱいになる1ヶ月であった。私から見るともうその辺りでいいのでは?と思うことがたくさんあるが、そこが生まれながらの職人の気質、頑固さというものであろう。ちなみに、私は小学校低学年時代に父に「お前は不器用だからこの仕事は継げない。他の仕事を探しなさい」と通告された身である。その時にはよく分からなかったが、父の作ったスーツを着る大人になり少しわかった気がする。父は、私自身の性格や’’’’の器用さ等全てを判断した上で言った言葉だったのだ。父自身、長男ではなく次男の身でスーツ屋稼業を継いだため、職人としての気質を見抜く能力に長けていたのだと思う。

 これまで、父の職人としての職人技等を述べてきたが、このブログを書いて思うことがある。それは、父の職人技を真似ることは不可能であるが、会計士として、人として父のような味のある人間になりたいと。

 私の妻の母も和菓子職人であるが、それは次回のブログにて記載することとする。

永利 浩史(パートナー 公認会計士)

【プロフィール】
早稲田大学商学部卒業後、2003年中央青山監査法人入所。上場会社のスタッフ業務及び公開準備会社の主査業務を経験後、2007年7月に監査法人A&Aパートナーズに移籍

【趣味】
買い物、愛犬と出かけること。子育て。

【メッセージ】
事務所の兄貴達と楽しく明るい職場作りを心がけています。かっこいい中年になりたい!!

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