2007.12.24

宝箱

半年ほど前から小型の熱帯魚の飼育に凝っています。大型(アロアナ1mくらい・ナイフフィッシュ60cmくらい)については前々から飼育しており、今現在も元気に活動中でいますが、小型の熱帯魚はあまり長生きをせず世話も大型に比べると大変だというイメージがあったため今までやってみたいと思いつつも手を出せずにいました。そんな時とある友人に「小型の熱帯魚は大型がやれるのであれば簡単に飼育できるよ。小型の場合には、水槽のレイアウトも大型だとなかなか難しいけど小型ならその点も楽しめるし。グッピーなどのメダカ類は産卵の時とかなかなか感動するよ。」と言われ小型の熱帯魚を購入することに決めました。

 しかし、いざ購入する段階になると熱帯魚にも様々な種類があり、レイアウトを考えるのも大変でした。結局全てが揃ったのは友人のアドバイスから2か月程かかってしまいましたが、まあ初めてにしては出来のいいのができたと自画自賛していました。熱帯魚もネオンテトラが10匹・ランプアイが5匹・グッピーが4匹・そしてビーシュリンプが2匹という構成にし、初めての小型熱帯魚の飼育が始まりました。始めてみると熱帯魚自体は基本大型と一緒のためそれほど飼育が大変ではなかったのですが、水草の手入れがまったくの初めてだったためかなり大変でした。水草は肥料と二酸化炭素を定期的にいれないと枯れてしまい、水温にも敏感です。また病気にかかってしまった場合、熱帯魚であれば身体的変化がすぐにあらわれたり、泳ぎに元気がなかったりとすぐにわかるのですが水草の場合、かなり進行しない限りなかなか目にみえた症状ができません。さらに健康的に育った場合でもすぐに伸びてしまうため少しの期間手入れをおこたると水槽内がジャングルのようになってしまうのです。そのため水草については最初、相当苦労をしました。

 そんなこんなで四苦八苦していると、ある日メスのグッピーのお腹が大きくなっているのに気づきました。そろそろ産卵なのかな、と思っていたらちょうど日曜の休みの日に産卵を行ったためその場に立ち会うことができました。以前友人から「なかなか感動するよ」、と言われていたため楽しみにしていたのでその時はうれしかったです。産卵の瞬間はとても神秘的でずっと見入ってしまいました。命の誕生する瞬間はこんなにも神秘的で美しいものだなと感じることができました。とそこまではよかったのですが、産卵を終えるとグッピーはその場から離れるのかと思っていたら、なんと卵を食べ始めているではありませんか。さすがにこれはまずいと思い卵だけ別の容器に入れなおしました。別の容器で孵化したグッピーの稚魚はかなり小さいのでエサについては今小型熱帯魚用に使用しているエサをさらにすりつぶして与えなければならないので骨の折れる作業でした。

 そんなこんなで今までやってきていますが、まだまだ四苦八苦しながらの毎日です。しかしやり始めると楽しい熱帯魚飼育です。

須長 初(シニアスタッフ)

(モットー) いつも楽しく


(プロフィール)20063月に専修大学商学部を卒業後、試験勉強のため半年のフリーターの後、監査法人エイ・アイ・シー(現在の監査法人A&Aパートナーズ)に入所。現在に至る。


(趣味)熱帯魚、スキー、ミステリー

2007.12.17

「THE HORSE」

テレビの競馬中継を毎週ほとんど欠かさず見ています。競馬の起源は馬主が自分達で馬を走らせ強さを競いあったことにあるようですから、その本質はいいレースを見て楽しむことにあると言えます。それはちょうど映画の好きな人が映画を見て楽しむ感覚に似ていると思っております。毎週土日に2本見ているとして、年間100本近い新作ドラマを見ている計算になりますか。

競馬中継などを通して毎年いろいろな話題に接することができます。

昨年、一昨年はディープインパクトの三冠と海外遠征によるフィーバーでした。今年はウォッカが牝馬のダービー馬として話題を集めました。牝馬はどうしても牡馬に比べて体力的に不利なため、中距離以上のビッグレースでは勝つのは難しいとされてきました。互角に渡り合った日本の牝馬としては古くはトウメイと最近のエアグルーブくらいしか思い当たりません。それが今年はウォッカとダイワスカーレットの2頭が牡馬を凌ぐと思われる活躍をしているのですから、本当に驚かされます。

人間社会を見てみますと、女性の政財界での進出と活躍には目覚ましいものがありますが、これと同じ現象が馬の社会でもどうやら起きているようです。

そうして見ると馬の社会も人間の社会と共通する面がたくさんあるということが言えるのかも知れません。

先日ユキチャンという馬が勝ち上がり話題になりました。それはユキチャンの毛色が白毛だったことによります。馬の毛色には栗毛、鹿毛、芦毛など8種類あるそうですが、白毛は非常に珍しい毛色とされています。数年前シラユキヒメという白毛馬がいて同じように人気を集めましたが、勝ち上がることができませんでした。それだけにこの勝利はうれしいもので、今後も注目される馬となるに違いありません。神馬は白毛であるケースが多く、その意味でこれは「福をよぶ招き馬」だなんて勝手に解釈しております。

 ファンにもてはやされるのはほとんどが強い馬と言っていいと思いますが、実際にはそうでない馬の方が圧倒的に多いのが現実です。その現実を見据えて、名馬にとらわれることなく、すべての馬を平等に暖かい目で見守っていきたいですね。

大野 孝

一言:明日は明日の風が吹く

プロフィール

 ずっと昔に一橋大学商学部を卒業後、監査法人中央会計事務所に入所し、一貫して監査業務に従事してきました。今年ゆえあって監査法人A&Aパートナーズの立ち上がりに声をかけていただくという幸運を得て、現在に至っています。

趣味

 旅行、競馬観賞

メッセージ

 監査法人A&Aパートナーズはこれからますます発展して行くでしょう。

でも、すぐ事務所が手狭になって、引っ越しなんてことになると嬉しい半面、困りますね。

2007.12.10

職人技

 昨年亡くなった私の父は紳士服の仕立て職人であった。生まれてずっとその環境に居たせいか父の職人技の凄さを今まで気付かなかった。紳士服の仕立てといってもあまり馴染みがないと思われるため、工程を述べつつ父の職人技を述べていきたいと思う。

    まず、客の趣味から何千枚とある生地の中から一枚の生地を選択する。(皆さんはスーツをオーダーメイドする場合、自ら生地を選んで注文すると思われるかも知れないが、父の顧客の9割は作りたいスーツの用途及び大体の色合いを述べるのみで父にそのほとんどを任せていた。例えば同じ黒といっても数百枚は下らない在庫の中で顧客の満足のいくものを選ぶのは想像もつかない苦労があったと思われる。数百人の顧客の好みを瞬時に判断できる直感が長年の経験で備わっていたのだと思う。)

    生地決定後、形を決定する。単に形と言っても、上着はシングル・ダブルの決定から、襟の形、ボタンの数、裾の長さ(イギリス式、イタリア式)、上着のどこに切れ込みを入れるかなど様々である。父の顧客のほとんどは形の決定に多大な時間を要する。オーダーメイドを行う顧客はさすがにお洒落で細部までこだわりを持った方が多い。

    形の決定後、ようやくサイズ測定が行われる。私もこれまで贅沢なことに父に作ってもらったスーツ以外着たことがないためサイズの測定に時間がかかるのは当たり前だと思っていたが、ここにも父のこだわりがあったことを今になって感じる。それは、父が亡くなり、父以外にサイズの測定を行ってもらう機会が増えたが父の測定に比較して1/5程度の時間しか要しないからだ。他が雑に測定を行っているとは言わない。父のこだわりが普通ではなかったのだ。「オーダーメイドのスーツは測定時にサイズを少しでも誤ると出来上がりの最高のフィット感が味わえない。その最高のフィット感を味わってもらうことが俺の喜びだ」と父は常々言っていた。メジャーだけでは測定できない、人各々の体の形をその測定時に職人として感じ取っていたのだと思う。同じなで肩、いかり肩でも傾斜など人それぞれ少しずつ異なり、その違いを時間をかけて細かく把握していた。

    ①~③の工程が終了して、ようやく作成に入る。父は生地の裁断を行い、裁縫を他の7人程度の職人に行わせていた。裁縫の職人にも各々くせがあるため、顧客に応じて職人も区別していた。裁断後、仮縫いを行い、自分の体を通して最初のチェックを行う。私は人のスーツを父が試着して何が分かるのだろうといつも思っていたが、父には鏡に映った自分の姿ではなく、仮縫いされたスーツを着た顧客の姿が見えていたのだと思う。たった一度の測定でそれ程詳細に顧客の体を把握していたのだ。

    仮縫いでの父のOKが出た後、顧客の体で仮縫いのチェックを行う。この過程でより細かなチェックを行う。この段階まで来ると、顧客のOKが出るまで時間は要しない。つまり、裁縫の職人にとっては顧客のOKよりも父からのOKが出ることの方が難しいことだったのである。私にとっては優しい父であったが、裁縫の職人に聞くと昔ながらの頑固親父だったようである。

    仮縫い後、本縫いを行い、スーツが出来上がる。ここでも、仮縫いと同じ父のチェックが入り、納品される。スムーズに流れているように思われるが、納品までにはやはり1週間程度を要していた。その1週間は素人の目では到底分りえない細部の微調整を行っていたのである。

上記の様に①~⑥までの作成過程によりようやく1着のスーツが出来上がる。それまでに要する時間は約1ヶ月である。1ヶ月という期間は短く感じるかもしれない。しかし、父の1ヶ月をじっくり見ていると、1ヶ月という短い期間であるが、お腹いっぱいになる1ヶ月であった。私から見るともうその辺りでいいのでは?と思うことがたくさんあるが、そこが生まれながらの職人の気質、頑固さというものであろう。ちなみに、私は小学校低学年時代に父に「お前は不器用だからこの仕事は継げない。他の仕事を探しなさい」と通告された身である。その時にはよく分からなかったが、父の作ったスーツを着る大人になり少しわかった気がする。父は、私自身の性格や’’’’の器用さ等全てを判断した上で言った言葉だったのだ。父自身、長男ではなく次男の身でスーツ屋稼業を継いだため、職人としての気質を見抜く能力に長けていたのだと思う。

 これまで、父の職人としての職人技等を述べてきたが、このブログを書いて思うことがある。それは、父の職人技を真似ることは不可能であるが、会計士として、人として父のような味のある人間になりたいと。

 私の妻の母も和菓子職人であるが、それは次回のブログにて記載することとする。

永利 浩史(マネージャー 公認会計士)

【プロフィール】
早稲田大学商学部卒業後、2003年中央青山監査法人入所。上場会社のスタッフ業務及び公開準備会社の主査業務を経験後、2007年7月に監査法人A&Aパートナーズに移籍

【趣味】
買い物、愛犬と出かけること。子育て。

【メッセージ】
事務所の兄貴達と楽しく明るい職場作りを心がけています。かっこいい中年になりたい!!