2007.10.29

70~80年代懐かしの曲

最近、朝、私にとって懐かしい曲を耳にします。毎朝見ているわけではないけれど、とくダネ!オープニングで、StarshipWe Built This Cityが流れます。邦題はシスコはロックシティという曲で20年以上前の曲です。成宮くんのチューハイCMでも流れていました。知っている人は知っている、が一般的にはそれほど有名なグループでも曲でもないものの、その軽やかなテンポが心地の良い80’sのにおいプンプンの曲です。朝からやる気の出てくるメロディだと思います。この番組のその前のオープニングはThe PretendersDon’t Get Me Wrongだし、やじうまではコーナーテーマでBoys Town Gang Can’t Take My Eyes Off You(邦題;君の瞳に恋してる)、はなまるはBay City Rollers I Only Want To Be With You(同じく、二人だけのデート;Tommy February6によるカバーです)がオープニングで、朝から懐かしの洋楽のオンパレードになっています。さらにくどくなりますが、ソフトバンクの携帯CMでは、AerosmithWalk This WayOlivia Newton-JohnXanaduなどなど、うれしくなるような懐かしの名曲が目白押しであります(The NolansKool & The Gangもありました)。別にメディア論を語るつもりはありませんが、何故か懐かしの、そして70’s80’sの洋楽曲が最近メディアでよく使われています。 Bugglesのラジオスターの悲劇、Van HalenJumpCMで耳に新しいし、初期のテクノ・ポップでヒットしたMPop MuzikJTCMに使われていました。こういった懐かしい曲を自然に耳にすることができるなんて私にとっては喜ばしい限りです。こんなことばかり書いていると自分は昔の曲しか知らないように思われるでしょうが、けっこういい年をして最近のものも聴いているし、CDTVも時々見ています。ただ今はネットやメディアが発達しているせいかチャートの栄枯盛衰が激しく、メジャー入りするインディーズが相次いだり、先週の1位が今週は10位にも入っていないなど、なかなかついていけません。

80’sといえばこの間、新聞のTV欄を見ていると、あの小林克也さんのベストヒットUSAが復活しているではありませんか。ただ、深夜も深夜、映画かテレビショッピングしかやっていないような時間帯でした。久しぶりに往年のあの名調子を聴けてうれしくなりましたが、紹介される最近の曲にはほとんどなじみがありません。ここ何年もはやりの洋楽を聴いていなかったからやむを得ないところです。あの頃のこの番組は夜1112時台に放送していたので、ほとんど毎週見ていたし何週にも渡りチャートインしている曲に耳を傾けていました。

こういった70’s80’sの曲を当時はほとんど音楽テープという形で聴いていました。そのメロディは今でも自分の頭の中にしっかりと記憶されてはいますが、ただ残念ながら数度の引っ越しなど自分の保管が悪く今ではほとんど手元に残っていません。ですからそのうちにのんびりネットやショップでも覗きながら、聴きたいなと曲を思う存分買い漁りゆっくり味わいたいと思っています。そしてできれば我が家の子供たちにもその良さがわかるくらいの年代になったら是非聴いてもらいたいと思っています。

最後に、知っているアーチストや曲はどのくらいありましたか?

木間 久幸
<プロフィール>
慶應義塾大学商学部卒業後、新光監査法人、太田昭和監査法人を経て、監査法人エイ・アイ・シー(現在の監査法人A&Aパートナーズ)に入所。平成4年よりパートナー。
<メッセージ>
風通しのよいオフィスを築いていきたいと思います。

2007.10.22

動物たちの競技会

昔、古代ギリシャの時代に、アフリカのサバンナで、動物たちの競技会が、1回だけ開催されたことがありました。発起人は象でしたが、そもそもは、共通の水飲み場での、動物たちによる、誰が一番優れた動物か、という論争に端を発しました。 

力では、誰にも負けないと言う象。自分は、どの動物からも攻撃されない、と豪語する百獣の王ライオン。走る早さなら誰にも負けない、と自慢するチータ。誰よりも高いところを飛べると言うハゲ鷲等々。結局のところ、話し合いでは決着がつかなかったので、一堂に会して勝負をしよう、ということのなったのです。 

翌日の朝、約束の場所に動物達が揃いました。まず、戦いのルールを決めることから始められました。大前提として、競技中は闘う相手を襲わない、食べない、ということは了解されました。しかし、競技方法については、それぞれが自分に都合の良いルールを主張しました。走力に関しては、短距離を主張するチータ、長距離を主張するシマウマ。レスリングでは、地上での勝負を主張する象、水中を主張するワニ等々。ハイエナだけが謙虚に、審判を引き受けようと言います。内心は、謙虚どころか、審判の立場を利用して、何か余禄にありつこうとの魂胆です。 

競技会どころか、ルールそのものが決まりません。象が言い出しました。「とりあえず、簡単にできるものからやろうじゃないか。」そこで、勝負の勝ち負けによって誰も負傷する心配のない、ジャンプ力を競うことから始めることになりました。走り巾跳びです。サバンナを流れる小川を飛び越えることで競いました。 

まず、ライオンが得意になって飛び越えます。次に飛んだイボイノシシは、無残にも川におちてしまいました。チータは、ライオンの記録を簡単に越えます。それを見て、審判のハイエナが、踏み切り地点を後ろにさげ、川に落ちる恐怖を強めました。インパラが、華麗なフォームで、楽々と飛び越えました。どっと拍手がわきおこりました。次に、チンパンジーが長い棒を持って、棒高跳びの要領で、さらに記録を更新しました。皆は、道具を使うのはインチキだ、と文句をつけますが、チンパンジーから賄賂を受け取っているハイエナは、それを認めてしまいます。そこへ、キリンが登場し、軽く跨ぐかのように飛び越え、いとも簡単に勝利を奪っていきました。キリン以外の参加者は、体力差がこんなにあっては、フェアーではないと不満たらたらです。 

次に行われたのが水泳でした。池を使って行われました。対岸に早く泳ぎついたものが勝ちです。ワニ、カバ、ヘビ等が参加しました。ヒヒが賭けの胴元になりました。皆、ワニが圧倒的有利とみて、ワニに賭けました。潜水泳法を禁じていなかったことに問題がありました。なんと、カバが勝ってしまいました。ヒヒに知恵をつけられ、対岸の岸近くに、姿、形のそっくりな仲間のカバが潜って待機していたのです。ワニがゴールする直前に、水面に浮かび出て、岸にタッチしました。スタート早々からカバに圧倒的な差をつけていたワニは、憤然と抗議しますが、ヒヒから分け前をもらうことになっている審判のハイエナは、抗議を一切受付けません。 

不満が高まる中で、次に行われたのが、力比べでした。ナツメヤシの固い実を割る競技です。ナツメヤシの実は、大、中、小の3種類が用意されました。ワニはその噛む力で、小サイズの実を割ることができました。体重の重いサイは足で踏みつけ、中サイズまで割ることができました。最も重量級の象が足で踏みつけますが、大のサイズを割るのには悪戦苦闘でした。何回も何回も繰り返して、ようやく割れました。誰しも象の勝ちと思っていたところ、ハゲ鷲がやってきて、鋭い口ばしで切れ目を付け、大きな実を足で掴み、遥か上空に舞い上がり、地上の固い岩をめがけて落下させました。いとも簡単に、実は割れました。結局、力比べの種目は、ハゲ鷲の優勝です。またしても、参加者のみならず、皆納得できません。 

主催者である象は怒り心頭ですが、ぐっと堪えて、次ぎなる競技を提唱します。自分が、絶対に負ける筈がない綱引きです。蔦のツルを使って互いに引き合うことにしました。皆、勝てるはずがないと尻込みしますが、サイが果敢に象に挑みました。ツルの両端にチンパンジーが輪を作り、一方をサイの角にかけ、一方を象の足にかけました。ハイエナの用意ドンの合図で、互いに渾身の力で引き合う筈でしたが、サイは象の回りをぐるぐると回り、ツルで縛り付けてから、全速力で直進しました。あわれ、象は大地に横転させられてしまいました。もちろん、象の負けです。サイはスキップしながら、勝利のウィニングランをします。 

象の堪忍袋の緒がきれました。「なんだこれは!ばかばかしい!もうやめだ!どいつもこいつも汚いやつばかりだ!」と言って帰ってしまいました。ライオンも、何らいい所を見せることが出来なかったので、捨てぜりふを残して帰ってしまいました。汗ひとつかかずに、ボロ儲けしたハイエナとヒヒがほくそえんで、「知恵のないやつが負けるんだ。」と言いながら、岩陰で儲けの山分けです。チータだけが、この光景を目撃していました。遠くから、それを見ながら、「汚いやつらだ。俺をはじめ、みんな知らずに頑張ったなんて、バカみたいだ。許せん。懲らしめてやりたいところだが…、ハイエナは俺より強いからな…」とブツブツこぼします。しかし、今日の競技会も、ハイエナ達の悪業も、すべて見通されていたのです。 

今まで雲一つない青空でしたが、一転にわかにかき曇り、暗雲が立ちこめ、あたりはすっかり暗くなりました。荘厳な低い声が突如サバンナに響きわたりました。天の声です。「皆の者よく聞け!このような競技会を2度と開いてはいけない!生き物には、それぞれに、私が与えた持ち味があるのだ。それを活かして生きればよいのだ。一つだけの能力を取り上げて、それだけがあるかないかで優劣を競い合うことは、意味のないことであり、かつ、私への冒涜である。まして、知恵があるからといって、何でも思いのままなどと考えることは、もってのほかである!」 

皆が唖然としているうちに、ひどい雷雨となりました。狙い定めたかのように、雷がヒヒとハイエナのすぐ近くに落ちました。それぞれ、ひどいやけどを負いました。それ以後、ヒヒの顔は、まるでやけどをしたかのように赤い顔になってしまい、ハイエナの体は、火で黒く焼けたようなブチ模様となってしまったのです。 

 次の日から、昨日何も無かったかのように、サバンナでは、いつもの生存競争が繰り広げられました。もちろん、2度と競技会は開かれませんでした。

進藤 直滋

私の会計士人生は、いつの間にか40年を越えています。
最初の10年に比べ、後半の30年は、大きな変革の中を通ってきた感じです。
これからの変化は、間違いなくもっと大きくなるでしょう。

2007.10.15

EcoとEgo

これはどうやら本当にまずいことになっているようです。米国のとある研究センターが、2040年までに北極の永久氷床がすべて無くなると発表したそうです。ちなみに2年前にはあと100年以内と予測していたそうです。2040年といえば、おそらく私はまだ生きている(と思う)ので、おばあさんになって「北極の永久氷床が消滅していることが○○の調査により判明しました。」というニュースを聞いて、「ああ、そういえば昔、30年後には、とか言ってたなあ。」と回顧していることになります。いや、悠長に回顧している場合ではなく、東京湾の近辺では、せっかく埋め立てて土地を広げ、きれいに整備された町がその頃は海水に埋まっていて、東京でも高台の土地しか人が住めなくなっているかもしれません(湾岸沿いにお住まいの方、お気を悪くなさらないでください・・)。日本が熱帯地域と同じ気温になって、アジアのリゾートに旅行した時にあったあの物凄いスコールが、当たり前のように東京に降って、渋谷の交差点は「新溜池」という池になっているかもしれません。  このところ、「二酸化炭素排出」とか「地球温暖化」が、やけに気になっています。随分前から言われていたことですが、最近、異常気象のせいで報道が多いからでしょうか。「排出権取引」が当たり前になってから久しいですが、前は「なるほど、そういうものも取引の対象になるのね。」と感心したものの、今は「経済発展の過程で二酸化炭素を排出せざるをえない他国の権利を買ってまで、自国で排出するのか・・」と「Ego」を感じてしまいます(排出権取引を否定しているわけではありません・・一応会計士ですし、この仕組み自体は理にかなっていると思います)。 

最近、「Eco」は「Ego」で継続できることに気がつきました。私がしている「Eco」は、マイバックとマイカップぐらいです。わが事務所にはマイ箸をお持ちの方がいて、「さすが・・」と感心しきりです。私がマイバックを持ち始めたきっかけは、買い物袋が家に溜まって処分に困ったからですが、継続できているのは、私の住んでいるMPというスーパーやサプリメントを買うFが、買い物袋を持参するとポイントが付くからです。また、マイカップを使っているのはコーヒーの紙コップ代がかからない方が、最終的にはお得だからです。要は何か自分の利益にならないと続けられないのです。この「Ego」っぷりが我ながら情けないですが、「それでもやらないよりやった方がいいし、自分ひとりぐらい、というよくある言い分も、効果はその一人が始めること・・」と開き直っています。不便を楽しみながら「Eco」できる方はどんどんやっていただいて、「Ego」からしかできない方はそれでもいいから何か「Eco」をする。それがひいては2040年をもっと先に延ばすことができると信じたい今日この頃です。   地球はどうやら本当にまずいことになっています。みなさんも何か一つ「Ego」をきっかけにした「Eco」を探してみてはいかがでしょうか? 

町田 眞友 (パートナー)
<プロフィール>
中央大学商学部卒業後、中央監査法人に入所。
2007年7月、監査法人A&Aパートナーズに移籍。

<趣味>
季節の美味しいものをいただくこと。
(食文化維持のため・・)

<モットー>
 楽しい時はいつも通り明るく、困難なときほど落ち着いて明るく。

2007.10.9

おはぎとゲレンデ

監査法人A&Aパートナーズ。

どういうわけか関西出身者が多い。

そういう私も大阪から東京に来て7年が経ちました。

東京に来て驚いたこと。

なんやみんな都心に住んでるやん。

お金持ちと江戸っ子以外は、みんな都心まで2時間ぐらいのところに住んでいると思っていた。

だから私は都心まで約1時間のところに家を借り、若干勝ち組気分で東京での生活を始めた。

ところがどっこい、気付けば、私の家より都心よりに実家を持つ同僚たちが、都心に独り暮らしを始めているではないか。

東京に来て最初の夜、カレー屋さんに入りました。

東京はカレーも黒いんかな? と、アホな想像をしつつ、カレーの到着を待つ私の前に出されたカレーを見て、これまたびっくり。

ごはんが固まっている。

おはぎ??

東京の人はおそらく白ごはんへの関心が低い。

たまにお茶碗の中でしゃもじの形そのまんまにぺったんこになったごはんを見る。

こいつはゲレンデと命名。

言葉の壁もある。

とある中華料理屋さん。

店員さんは忙しそうに動き回り、一向に私の注文を取りに来ない。

そんな店員さんと目が合った瞬間を逃さず、私は若干キレ気味に「(注文を)ゆうてええの?」と声を張り上げた。

そこでその店員さん。

「牛定いっちょ~!」

確かにメニューには牛焼肉定食がある。

でも客はそんな勝手に略して注文しませんよ、普通。

次は東京のいいとこ。

東京には蕎麦屋さんが多い。

おはぎとゲレンデがトラウマになった私は、自然と麺類中心の生活に。

大阪には蕎麦屋さんは多くないので気付かなかったが、東京に来ておはぎとゲレンデに出会ったおかげで、潜在的な蕎麦好きが目覚めた。

怪我の功名。

東京は電車が多い。

大阪も多いが、東京はその比じゃない。

時刻表がいらないぐらい。だから駅でストレスがたまらない。

(これに駆け込み乗車するってそない急いでどこ行くねん。)

しかし、悲しいことに私の住んでいるところはそれが当てはまらない。

いや、確かに本数は多いのだが、結局15分に1本の急行に乗るのが一番早い。

(これに駆け込み乗車しないってなんぼ余裕もって家出とんねん。)

引っ越せばいいのに、と言われ続けて7年。

今日も1時間以上をかけて通勤している、そんな自分がちょっと好きだ。

木村 勝治 

ひとこと:世界はすべて二色で塗り分けられます。「紫」と「紫以外」です。


 
経歴
金沢大学経済学部卒業後、自動車ディーラーに入社し自動車の営業マンに。
営業に出ると言っては入り浸っていた書店で「だれでも公認会計士になれる本」と出会ったことがきっかけで、中央青山監査法人に入所。
上場会社と公開準備会社の主査を経験後、2007年8月監査法人A&Aパートナーズに移籍。
 
趣味
ゴルフ、靴磨き
 こだわり
世の中の物はすべて、紫のものかそうでないものに分けられ、紫の方を選択する。

メッセージ

「仕事は楽しく」を心がけて、明るい現場づくりに努めたいと常々思っています。

2007.10.3

カップ焼きそばの地域性

うどんのつゆの色が関ヶ原を境に東西で変わるというのは有名な話ですが、皆さんはカップ焼きそばの趣向が地域で異なるのをご存知でしょうか?

 

 大きく分けて、カップ焼きそばは東日本では「ぺヤング」、西日本では「UFO」が主流のようです。このブログを読まれている方の多くは関東にお住まいかと思いますが、多くの方はUFOよりペヤングを好まれるのではないでしょうか。関東の人に聞くと、「UFO?ああ、ソースが酸っぱくてどうもね」なんて答えが返ってきます。逆に西日本(広島)出身の私なんかは、UFOのあの酸っぱいソースでないと食べた気にならないんです。しかもペヤングに関してはどうもあのお湯の切れの悪さが気になって…本気で気持ち悪くなったりします。関東の人はそれも含めてぺヤングがいいみたいですが。東京に出てきて15年経ちますが、いまだペヤングに慣れない私の家には常にUFOの買い置きがあります(東京は意外と置いてないんです)。

 

 このカップ焼きそばの趣向、さらに細分化されます。東北地方にいくと、今度は「焼そばバゴォーン」が主流になります。ご存知ですか?焼そばバゴォーン。むかし柳沢慎吾がCMやってたあれです。この焼そばバゴォーン、三陸産ワカメスープ付きというちょっと変わった一品。で、通はこのスープを焼きそばの茹で汁で作るとのこと。やってみましたよ、一応、ね。

 

 ・・・別々に作った方がうまいと思うぞ・・・絶対。

 

 地域差に関する話はここまでですが、これ、30代以上の話です。20代以下は地域関係なく「一平ちゃん」が主流みたいです。たしかに一平ちゃんはうまいですよね。上記三つのいいとこ取りという感じがします。お湯の切れもいいし。ソースもそこまで酸っぱくないので、万人受けがしますし。私は焼そばにマヨネーズかける習慣がないので、マヨネーズはどうでもいいですが。

 

 ちなみにカップうどんの場合、東日本は「赤いきつね」、西日本は「どん兵衛」が強いかなあ…という印象があります。

 

 皆さんの趣向はいかがでしょうか?出身地と好きなカップ焼そばの関係、経験的にけっこう当たってると思いますよ。

 

(あとがき)

 食べ物に関して厳格なオカンに「インスタント食品は毒」と教えられ(笑)、幼少期になかなか食べさせてもらえなかった私ですが、その反動でたまに食べるUFOが子供の時に一番好きな食べ物でした。

 

 たぶん今でも一番好きかも・・・オカンが知ったら泣くなあ・・・。

宮之原 大輔 (マネージャー)

<モットー>
一日一半荘

<経歴>
東京大学経済学部卒業後、商社に勤務するも2年と持たずに逃げ出す。

200110月に中央青山監査法人入所。主として建設業の監査業務に従事。

2007年7月、監査法人A&Aパートナーズに入所。

<趣味>

麻雀、フットサル

<メッセージ>

監査という仕事は車のブレーキと同じです。

ブレーキのついていない車は必ず事故を起こします。

一方で意味のないブレーキをむやみに踏んでいると、会社業務は渋滞を起こします。

踏むべきブレーキは必ず踏んだ上で、乗り心地のよいブレーキを目指したいと思いま

す。