2015.05.25

片づけ下手

私にとって、最も苦手なものが部屋の片づけです。子供のころから全くの苦手でした。自分の部屋の床が見えないことが当たり前で、それに対して特に苦痛も感じませんでした。なぜ片づけが好きでないのでしょうか?洗濯ですと、仕上がった洗濯物のほのかな香り、手触りの良さ等が、ご褒美として与えられます。炊事の場合は、自分の好きなものが食べられるというご褒美があります。自分にとって、掃除からは何もご褒美がもらえないように思えます。掃除の後、掃除機に貯まったゴミを捨てるのも、嫌な作業の一つです。そもそも掃除、片づけを好きか嫌いかで判断するのではなく、義務として考えた方が良いのかもしれません。

義務であるなら、なぜすぐにやらないのでしょうか?多くの人は、義務は義務として、行動すると思います。自分の場合は、生来の怠け者であることが、それができない原因です。若いころ、ペルシャ文学の「ルバイヤート」という詩集の中に、“明日できることは今日するな”というような表現があり(あったと思いますが)、私をおおいに勇気づけてくれました。

仮に損得計算をしたとするならば、間違いなく「先送り」は大きなマイナスをもたらしていると思います。

そのマイナスの一つが、子供のころに起りました。あまりに散らかっている私の部屋を見た母が、見かねて片づけてくれたことがありました。片づけてもらったことに対して、感謝すべきところですが、正直に言いますと、片づけられると、何がどこにあるのか全く分からなくなってしまいます。他者から見て目を覆いたくなるような散逸状態でも、自分では何がどこにあるのか、ある程度掌握できているものです。私なりの管理方法として、お年玉で貰った10円札(私の子供のころには、10円、50円、百円紙幣がありました)を、大切に新聞紙で包んでいました。なんと、母は中も確認せず、ただの古新聞として、庭で燃やしてしまいました。私にとって、模型を買うための大切なお金でした。1週間程経って、大切な新聞が無くなっているのに気が付きました。
「母さん、新聞紙で包んであった10円札知らない?」
「エッ、お金が入っていたの?庭で燃やしたよ!」
この事件以来、お金はお茶の缶に入れることにしました。
今思えば、私が新聞の切り抜きをするようなことは絶対にないことを、母親は知っていたはずです。まだ悔しい気持ちが、心の片隅に残っているのです。

「片付けとは、捨てること」と最近テレビで見ました。片づけコンサルタントの教えです。日本の女性ですが、世界的にも著名な人物のようです。したがって、思いつきで言っているのではないようです。例えば、衣類の場合、同じ種類のものを集め、一つ一つ手に取り、「これ着たい!」と心ときめくものは残し、あとは惜しげもなく捨てることだそうです。
そのコメントを聞き、じっくり考えました。ついに積年の原因が究明できました。
ときめくかどうか以前に、今の体型ではとても着ることができないようなものでさえ「とても捨てられない!」。要するに単にケチ。ケチだから捨てられず、貯まる一方。片づける気にはなれない、だから片づけ下手。

そういう私でも、多少の意地、あるいは向上心があります。ゆめゆめゴミ屋敷の主人とは呼ばれたくはありません。子供のころと違って、見える床の面積はかなり拡大してきました。自分ではそれなりの進歩と思っています。まだまだ、ケチ根性との戦いは続くでしょう。

テレビショッピングでよく見る自走式の掃除機が、私の部屋を縦横無尽に動き回る時代の到来を、消えることのない夢として持ち続けます。

進藤 直滋

私の会計士人生は、いつの間にか40年を越えています。
最初の10年に比べ、後半の30年は、大きな変革の中を通ってきた感じです。
これからの変化は、間違いなくもっと大きくなるでしょう。

2015.05.18

大河ドラマ

最近、大河ドラマにはまっています。
主人公が吉田松陰の妹である杉文で、幕末の動乱を女性の目線で描く大河ドラマです。どうやら視聴率は芳しくないようでよくネットの情報などで「大河ドラマの最低視聴率を更新!」なんて記事もよく見かけます。

「なぜ吉田松陰の妹が主人公なのか?マイナーすぎるでしょ。」という話を聞きますが、個人的にはなかなか面白いのではないかと思っています。吉田松陰が作った松下村塾には多くの維新志士達が通っており、杉文はその人たちを長年間近で見ていました。そうした偉人達を女性の視点から見るドラマは今まであまりなかったのではないかと思います。維新志士たちにも当然ながら家庭があったわけです。今はやりの「イクメン」ではなかったと思いますが、子供達とどういう風に接していたのか等小さい子供がいる私としてはとても関心があり、そのあたりもドラマで忠実に再現してくれたらいいなあと思っています。

もうひとつ出てくる疑問としてなぜ長州を舞台にしたかという話もあります。これについては、平成20年に薩摩、平成22年に土佐を題材としたドラマをやっていますので、そうしたら次は長州しかないでしょうという見方が一般的ではないでしょうか。薩摩、土佐のドラマはかなり視聴率が良かったようなので長州にも頑張ってほしいものです。

翻って幕末の動乱から約150~160年経過した現在、わが国にもTPP,IFRSなどの黒船がやってきて、見方によっては幕末に近いような予感も漂っている今日この頃。安部首相も祖先は長州出身ですし、これから平成維新が起きないとも限りません。ドイツの名宰相ビスマルクはかつて「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る。」と言っていたそうです。このような時代でこそ自分を見失うことなく、柔軟に生きていくために幕末のことを再度勉強するのも良いかもしれません。そのための一つの手段として今回の大河ドラマは良いのではないかと思います。ちなみに長州に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、司馬遼太郎の「世に棲む日日」もおすすめです。全3巻で前半の主人公が吉田松陰で後半が高杉晋作です。

まったく関係ない話ですが、我が家では息子のため幼児通信教育を申し込んでいます。家で息子と義母が教材のDVDを見ているとき、義母が教材に出てくるキャラクター(皆さんご存知かと思いますが・・・)を「とらじろう」と呼んでいて「吉田松陰か!」ってこころのなかでつっこんでいる今日この頃です。確かにそのキャラは虎ですけど・・・。ちなみに吉田松陰の通称は寅次郎です。

阪口育生

埼玉県飯能市出身

2004年に監査法人エー・アイ・シー(現 監査法人A&Aパートナーズ)に入所。

血液型B

最近ハマっていること:ドラクエ10

嫌いなこと:血液型の話

持論:血液型で人の性格は決まらない。

 

 

2015.05.11

子供の成長について

前回、私の家の子供の紹介?ブログを挙げましたが、今回はその後について書きたいと思います。
前回のブログでは1歳にもなっていなかったということもあり、ひたすら可愛いというのを繰り返していた事くらいしか覚えていません。それから半年、子供も1歳を超え、体重も13キロになり大分重くなりました。そして、ママっ子になりました(汗)私が抱っこをすると号泣します、のけ反ります・・・まあ、眺めているだけでも可愛いですけど。

話は変わりますが不思議なもので、おもちゃはたくさんあるのですがあまり興味を示しません(車関係は多少遊んでいますが・・・)その代わり、スマホ、リモコン、パソコン等の絶対わからないだろうという物にはものすごい勢いで食いついてきます(しゃぶりつくします)。大人が使うものが気になるのでしょうか?どこに置いてあったとしても何処からともなく見つけ出し持って行ってしまいます。スマホに関しては使い方が分かっていないと思うのですが、手つきが妙にこなれた感じでびっくりします。ああいう光景を見ていると子供は大人を良く観察しているんだなと思いました。
また、最近はドアを開けるというのを覚えたらしく、台所、トイレ、風呂場とかどこでも行けるようになってしまいました。風呂やトイレに入っていると「フー!フー!」とかいいながら静かにドアが開くので、最早ホラーに近い感じです。台所でも至る所を開けるのでいつもハリケーンでも来たんじゃないかというほど台所は荒廃しています。
さらには、夜寝ません。基本的には夜中1時、2時位まで起きていることが多いです。たまに21時位に寝ると大抵夜中3時位に目を覚ましてその後全員を起こしにかかります。そのためか、寝不足気味になっている今日この頃です。自分の中では21時位から翌朝7時位まで寝ているイメージがあったのでこのギャップに驚いています。
とまあ、ここまで色々と最近のうちの子の悪行の数々を挙げてきましたが、これはどこの家庭でもあることなんですかね?隣の家の子は大変おとなしいらしく、家の中は綺麗になっています。

そんなこんなで家の中は大荒れですが、それでもニコニコしていたり、機嫌良く遊んでいる子供を見ているのは癒されますね。

須長 初(シニアスタッフ)

(モットー) いつも楽しく


(プロフィール)20063月に専修大学商学部を卒業後、試験勉強のため半年のフリーターの後、監査法人エイ・アイ・シー(現在の監査法人A&Aパートナーズ)に入所。現在に至る。


(趣味)熱帯魚、スキー、ミステリー

2015.05.4

風神雷神図

今回は、自分の好きな絵の一つである「風神雷神図」について触れてみたいと思います。

≪「風神雷神図」について≫
「風神雷神図」とは左手に「雷神」、右手に「風神」が屏風に描かれている絵です。一度はご覧になった人もいらっしゃると思います。

実は同じ構図の「風神雷神図」は、3つあるといわれています。

作者としては、
俵屋宗達(生没年不詳)
尾形光琳(1658年-1716年)
酒井抱一(1761年-1829年)
が挙げられます。

上記に記載したとおり、俵屋宗達・尾形光琳・酒井抱一の生没期間(俵屋宗達は生没年不詳ですが・・・)は同期間ではありません。もしかしたら、俵屋宗達・尾形光琳は同じ時代に生きたかもしれませんが、両者に師弟関係があったとはいわれていないとのことです。

しかし、俵屋宗達の「風神雷神図」を尾形光琳が尊敬の念をもち模写し、同様に、尾形光琳の「風神雷神図」を酒井抱一が尊敬の念を持ち模写した結果、同じ構図の「風神雷神図」が3つ生まれました。
尾形光琳に傾倒していた酒井抱一は、俵屋宗達のオリジナルの「風神雷神図」の存在を知らず、尾形光琳の「風神雷神図」がオリジナルと思っていたみたいです。また、酒井抱一は、尾形光琳の「風神雷神図」の屏風の裏に「夏秋草図屏風」という絵を残しています。

≪「風神雷神図」の見分け方≫
同じ構図の「風神雷神図」が3つあること自体は前から知っていたのですが、どれが俵屋宗達・尾形光琳・酒井抱一の書いたものか見分けられませんでした。

しかし、最近見たテレビ番組で、その見分け方を知りました。それは、風神・雷神の視線に注目するというものでした。

俵屋宗達版:風神の白目の真ん中辺りに黒目があり焦点が定まっておらず、風神・雷神の視線が見詰め合う形になっていない。

尾形光琳版:風神・雷神の視線がそれぞれやや下向きになっており、風神・雷神の視線が見詰め合う形になっていない。

酒井抱一版:風神・雷神の視線がそれぞれ水平になっており、風神・雷神の視線が見詰め合う形となっている。

この視線に注目した見分け方で、いままでもやもやしていた3つの「風神雷神図」の区別ができるようになり、これからも何度も目にする機会のある「風神雷神図」にますます愛着がわきました。

三矢 涼

モットー:いろんなことに興味を持つ

信条:一日一善


2015.04.27

ネーミング

最近、俺の○○というお店が安くて美味しいと評判で流行っていますね。この間コンビニに行った際には、俺の○○というプリンやパンが売っていたため、思わず買ってしまいました。

なんで俺の○○というネーミングだと、興味がそそられるし、「良さそう」と思ってしまうのでしょう。不思議ですね。草食系男子が多くなって来た一方で、頼り甲斐のある「自分に自信あり!」という肉食系(?)男子も、根強く人気があるという証なんでしょうか。

なんてことを考えながら妄想を繰り広げたら、誰でも考えつく先は一緒ですよね。

自分自身でも「俺の○○」をやるしかない!

でも、実際何をやったらいいんでしょう。僕は会計士として監査業務メインで社会人生活を送ってきたわけだから、やはりやるなら監査法人でしょうか。

じゃあ、「俺の監査法人」?
うーん。なんかピンと来ない。
「監査法人オレノ」の方がいいですかね。

よし、決まり!
「監査法人オレノ」

名前は決まりました。次は、何を売りにするかですね。

「俺の監査はすごいぞ。細かいぞ!」
「俺の監査を受けてみろ!」
うーん。ダメな気がする。

どうも監査法人と「俺の」は合わなそうですね。

監査法人は、1項業務(財務情報の信頼性の保証)と2項業務(アドバイザリー)が主たる業務なわけですから、名前にはその両方を入れるべきですかね。
英語でいうと、Assurance & Advisory
頭文字を取ると、A&A
あ!勤めている監査法人じゃないですか。

「監査法人A&Aパートナーズ」

うーん。絶妙ですね。

太田 洋介
(プロフィール)
埼玉県立浦和高等学校卒業。慶應義塾大学卒業。
2007年、公認会計士試験合格。同年、監査法人A&Aパートナーズ入所。2011年公認会計士登録。

(趣味)
テニス、麻雀、三国志大戦(ゲーセンです…)

(メッセージ)
Be of good use(役に立つ)をモットーに生きています。

2015.04.20

~ネコ食堂は大繁盛~

昨年のブログより、常連さんのネコメンバーは変わりました。
ママ猫とその家族、キジトラの大きい猫、キジトラの小さめの猫、毛足の長い黒猫など…。
エサをいれる容器も数がいるようになりました。一つにしておくと自分の分だとばかりに、唸り声を出し、それでも同じ容器から食べようとすると爪をたて一触即発の状態になります。
あまり、入れ換わりたち替わりこられてもと困るので、エサをあげないようにすると、窓ごしにジッーと見ているのでついついやってしまいます。キャットフードの用意も大変になるわけです。

昨年の秋、キジトラ白の子猫が一匹、迷い込んできました。
手のひらにのるかなと思えるくらいの大きさだったのが、今はすっかり成猫でしかも美猫になりました。
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肝心の飼い猫は、家にきて12年余りたちました…。
もともと外猫ではっきりとした年齢はわかりませんが、人の年齢にすると60~70歳になるようです。
猫は人の一年で4歳年を取るそうで、飼い主ともどもお互い歳をとったネ!というところです。
そう言えば、少し、動きがゆっくりになってきたかなと思うこの頃です。
20150420_02

書いた人:渡 栄子
 この仕事について2007年に監査法人A&Aパートナーズに入所、監査法人中央会計事務所から、はや何十年‥!事務職ながらお役に立つよう働いています。テレビで時おり見られる動物カメラマンの岩合光昭さん、どこに行っても、どうしてあんなにすぐネコと仲良くできるのか、うらやましいネコ好きです。

2015.04.13

ナンダカンダ

神田に住む夫婦には子がおらず、落ち込む妻を励まそうと四国周遊の旅に出ました。香川県は小豆島に、妻が好きな橄欖なる樹木の森があると聞いたからです。

その道中、金刀比羅宮(こんぴらさん)を参拝した折、案内人からこんな話を聞かされます。

清水次郎長の子分・森の石松は、讃岐の金比羅宮に親分の代参をすることになった。大阪から京都に向かう三十石船の中、旅人がなにやら噂話をしている。

「街道一の親分は清水次郎長よ」
親分を褒められ気分を良くした石松、

「寿司を食いねえ、江戸っ子だってねえ。」としゃしゃり出る。

「こちとら神田の生まれよ。」

「そうだってねえ、食いねえ、食いねえ、寿司を食いねえ、もっとこっちに寄りねえ。」

しかしそのうち、調子がおかしくなってくる。
次郎長の子分には強いのが沢山いると、旅人が強い順番に名前を挙げていくが、なかなか石松の名前が出て来ない。

しびれを切らした石松、「おい、寿司返せ!」となる。

実はその旅人は彼が石松である事に気づいており、「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ。」と石松をからかうのである。

その後、金比羅宮を参拝した石松は、余りに立派な旭社を本堂と勘違い。旭社に親分の刀を奉納し、江戸に戻る途中、遠州中郡にて騙し討ちに遭い討死した。

広沢虎造の十八番として知られる浪曲「森の石松三十石船道中」の一節ですが、夫婦は「へぇ、あの男性3人組の歌はこの話が元ネタなのか。」と、さして気にもとめず、四国周遊の旅を満喫しました。

その後、東京に戻ってみると女の子を授かったことを知り、大変喜びました。新しい命は、奇遇にも神田は駿河台の病院にて、産声を上げました。

「オギャー(神田の生まれよ!)」

と言ったかどうかは定かではありませんが、いつの日か、病院からもらった「江戸っ子証明書」を娘に見せて、この話をするのを楽しみにしています。

さて、神田といえば神田祭をご存知でしょうか。あまり知られていないようですが、京都の祇園祭、大阪の天神祭と共に、日本三大祭の一つに数えられる祭りです。

蔭の年と陽の年を繰り返し、2年に一度、陽の年に大祭が行われます。今年は陽の年にあたり、5月7日(木)から5月15日(金)まで、様々な江戸祭礼の行事が執り行われます。さらに今年は遷座400年という記念の年でもあり、神田の街はにわかに騒がしくなっています。

中でも見どころは5月9日(土)、10日(日)に行われる神幸祭と神輿宮入の2日間です。神幸祭は、神田明神の三柱の御祭神をのせた鳳輦・神輿3基を中心にした約500メートルに及ぶ時代行列が神田、日本橋、丸の内等、氏子である108の町会を約30キロにわたって巡行します。
夕方には、日本橋三越前にて附け祭と合流し、数千人規模の大行列が神田明神へ向かいます。

メインイベントである神輿宮入は、神田周辺の各町会が所有する氏子自慢の神輿が、朝から晩まで入れ替わり立ち代り切れ目なく神田明神に向けて繰り出し、宮入りを目指します。

黒山の人だかり、その迫力と熱気で、街は異様な興奮に包まれます。

 

 

20150413

以上、神戸による神田の話でした。

神戸 良尚

慶応義塾大学商学部卒業
趣味:自転車(ロードバイク)、横浜家系ラーメン巡り

2015.04.6

喜怒哀楽

去年は厄年でしたが、
伊勢神宮と出雲大社を両方ともお参りしたおかげか、
何事もなく過ごすことができました。

厄年付近にもなると、
歳を取ったなあと思うことが多々あるもんですね。

なので……
今のうちに、これまでの人生を、喜怒哀楽それぞれのエピソードを交えながら、振り返っておこうと思います。

まずは「喜」。

今までの人生でいちばん喜んだのは、
やはり公認会計士試験の第二次試験に合格した時です。

高校受験、大学受験、学生時代の就職活動と、
すべて無難な選択しかしたことがなかった私にとって、
無職になって、なれるかなれないかもわからない公認会計士を目指すのは、
人生で初めての挑戦といえる出来事でした。

おそらく今後、この時以上の喜びを味わうことはもうないでしょう。

次は「怒」。

最近もそうですが、
若い時はとくに短気で、
起きている時間の半分以上は何かに怒っていて、
眉間のしわが絶えませんでした。

そんな私が今思う、
人生でいちばん腹が立つのは、
学生時代の自分自身に対してですね。

学生時代は何もかも考えが甘く、
車で崖から転落したり、
大学を留年したり、
両親や周りの人に心配かけてばかりでした。

過去をやり直すことができるならいつに戻りたい? と聞かれたら、
迷うことなく18歳と答えます。

そして「哀」。

数年前、北海道にスキー旅行に行ったんです。

夜になり、露天風呂にでも入ろうということになって、
雪のちらつく中、近くのホテルに歩いて向かいました。

身体も冷え切っているので、サッとかけ湯だけして、
露天風呂に通じる扉をガラガラと開けて外に飛び出しました。
すると、階段を数段おりた先には2種類の露天風呂が。

1つはタイル張りの長方形で屋根もついており、
湯けむりの中に十人ほどの先客がいたでしょうか。

もう1つは天然の岩に囲まれた半円形で、
こちらには屋根はなく、そのせいかだれも入っていません。

私は、せっかくなので本格的な方に入りたいなということで、
ゴツゴツした岩の方に、寒さも手伝って勢いよく突っ込んでいきました。

雪が降っててもホンマもんの温泉好きはこっちに入るんやでぇという意味を込めて、
軟弱な先客たちに「露天風呂と言えばこっちやろ!」という謎のアピールをしながら。

そしたらなんと……

そこは池でした。
鯉もいました。
どうりでだれも入っていないわけです。

足元で口をパクパクさせながら私を見上げていた鯉の哀しそうな表情は今でも忘れられません。

最後に「楽」。

これまでの人生でいちばん楽しいのは、まさに今です。

最近何があったとか、
これから何があるとかではなく、
今までの人生を振り返ると、
常に今がそれまででいちばん楽しい時間だったんだと思います。

これからも
昨日より今日、
今日より明日が
楽しくなるような人生を送っていけたらいいですね。

どこか遺書めいたブログになってしまったような気もしますが、
「哀」のエピソードを紹介したかっただけですので、
どうかご心配なさらぬよう。

木村 勝治 

ひとこと:世界はすべて二色で塗り分けられます。「紫」と「紫以外」です。


 
経歴
金沢大学経済学部卒業後、自動車ディーラーに入社し自動車の営業マンに。
営業に出ると言っては入り浸っていた書店で「だれでも公認会計士になれる本」と出会ったことがきっかけで、中央青山監査法人に入所。
上場会社と公開準備会社の主査を経験後、2007年8月監査法人A&Aパートナーズに移籍。
 
趣味
ゴルフ、靴磨き
 こだわり
世の中の物はすべて、紫のものかそうでないものに分けられ、紫の方を選択する。

メッセージ

「仕事は楽しく」を心がけて、明るい現場づくりに努めたいと常々思っています。

2015.03.30

コーヒー

新しいスタイルのコーヒー店舗が今年2月に東京・清澄白河に日本初上陸し、3月には東京・青山にオープンしました。日本初店舗は2時間待ち(!)ということで、テレビのニュースなどでご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。アメリカなど世間では「サードウェーブコーヒー」として話題になっています。
「サード」と言うからには「ファースト」と「セカンド」があるに違いありません。少ない自分の知識と豊富なインターネットの情報を駆使すると以下のようです(あくまでも私見です)。
ファーストウェーブ:第二次世界大戦~1970年代までで、真空パックにされたコーヒーが開発され、大量生産・大量消費が可能となった。豆の品種などは重視されていない。
セカンドウェーブ:1980年代から登場。豆の品種やエスプレッソなど「質」が重視された。
サードウェーブ:豆の品質を重視し、その豆が持つ特長を最大限引き出すコーヒー。
今回上陸したコーヒー店はお客さんの目の前で焙煎、ドリップを行い新鮮さと品質、演出を売りにしています。テレビではニュースになりましたが、私自身そこまで新鮮さは感じませんでした(気分を損ねたらごめんなさい)。というのも、自宅の近所においしいコーヒー喫茶店があるため、慣れていたからかもしれません。このコーヒー喫茶店、行くまでは知りませんでしたが、雑誌等にも紹介されておりかなり有名でした。最初は普通のチェーン店などが欲しいとは思っていましたが、この喫茶店のコーヒーが美味しくハマってしまいました。週末に一回は通うようになり、家でも最初は挽いた粉を購入していましたが、今では豆を購入して毎朝挽きたてのコーヒーを飲むようになってしまいました。豆の種類が豊富で選ぶのが楽しい状況です。ブレンドはもちろん、農園ごとのシングル豆も販売しており、季節ごとに異なる豆が店先に並んでいるのを見ると、今年もこの季節が来たな、と実感しています。
コーヒーは皆さんもご存じとは思いますが「深い」です。豆の種類、焙煎の仕方(これは店選びも含まれると思います)、挽き方、淹れ方などどれ一つを取ってもコーヒーの美味しさは変わります。すべてにこだわるには転職しなければなりません(笑)。自分の中ではハードルは低いですが、挽きたてのコーヒーを飲む、というレベルで満足しています。挽く方法も手ではなく機械で挽いています。その機械も家庭用ですら数千円~数万円とかなりの幅があるので予算との兼ね合いで選びました。高い方がいいことは分かっているのですが、踏み出せませんでした。
今日もおいしいコーヒーを飲んで、一日頑張ろうと思います!

菊池 愼太郎(マネージャー)

モットー
「どんなことも何とかなる」

経歴
青山学院大学経営学部卒業後、中央青山監査法人入所。以降、法定監査、株式公開等、多数のクライアントの業務に携り、専門家としての腕を磨く。 平成19年7月より、監査法人A&Aパートナーズに移籍。心機一転、公認会計士としての環境を変え、ますます日々の業務に邁進中!

趣味
週末ごとに愛車でドライブに出かける。時にはサーキットを走ることもある自称レーサー。

メッセージ
自分が培った経験を他人のために生かすことが喜びです。今後も日々自己研鑽に励み、誰にも負けない高品質な業務の提供を目指します。

2015.03.23

志村坂上グルメ探訪

昨年、マンションを購入した。板橋区志村、駅で言えば、都営三田線志村坂上駅である。さて、この志村坂上、都内でも屈指のマイナータウンと言って良いであろう。「志村坂上?どこそれ?」と思われた方も多いのではないだろうか。
クライアントの方との会話でも、いつもこうなる。
「家を購入されたんですね、どちらですか?」
「志村坂上です!」
「・・・・・・・(やばいよ知らないよ、話広がらないよ、聞くんじゃなかった。)」
大丈夫、気にしないでください。そんな聞くんじゃなかったという微妙な表情を見るのが、もはや私の楽しみになってますから。
また、タウン紹介を行う某人気TV番組で志村坂上が取り上げられた回など、冒頭に地元のおばあちゃんのインタビューがあって、「この街はもう終わった街だからねえ・・。」などと、放送前から勝負を降りられてしまうという有様である。この番組に関して言えば、このブログを書いている前日に特番を放送していた。ここでも、「こんなマイナーな街にも行ってます。」ということで、最初に取り上げられたのが志村坂上だったという・・。さて、この1000回記念で取り上げられた際、志村坂上の釣り人(実は志村坂上にはヘラブナ釣りの名所がある)の、こんなコメントが取り上げられていた。「この辺、うまい店なんてないよ。」
今日はこのコメントに噛みつこうと思う。
いやいやいやいや、たくさんあるのである。うまい店が。
私は志村坂上に引っ越す前、巣鴨に住んでいた。素晴らしい街である。治安もいい。観光地なのでうまい店はたくさんある。なにも調べずに、その辺のお店に入ればうまいのである。ただ・・・。
もうつまらないのだ、そんなの。簡単すぎて。
うまい店なんてないと思われている(私もそう思っていた)志村坂上で、びっくりするようなうまい店に出会う。ちょっと難易度の高いロールプレイングゲームをやっているような感覚。いろいろ出費を考えて家を買ったわけで、志村坂上には何の愛着もなかったのだが、最近この街がどんどん好きになってきた。
というわけで、志村坂上グルメを、ここでちょっと紹介したい。

①I(ラーメン)
まさかあの有名なレストラン比較サイトの「ベストラーメン2014」の一位に選ばれる店が、自分の家から徒歩2分のところにあろうとは・・。ちなみに、このブログを書いている時点でのそのサイトの評点は4.24。平均が3であるから、とんでもない値である。私も男子のご多分にもれずまあまあのラーメン好きであるが、この店は間違いなく宮之原史上最強である。
ここは、プロレスラーと見紛うようなごつくて強面の優しいお兄さんが、母親とお弟子さんとで経営している。この店の特徴はとにかく大量の煮干しでだしを取ることにある。そのためスープの色はもはや灰色で、味はかなりしょっぱ目であるが、煮干し好きにはたまらない。麺は中細のストレート麺で、かなり固めにゆでてあり、これが煮干しのパンチに負けていない。具もなかなか凝っていて、チャーシューは角煮のような分厚さなのに、しっかり味が染みている。また、薬味にはねぎを使わずみじん切りの玉ねぎが乗っているが、この選択が絶妙で、煮干しのくどさを中和していくらでも行ける。さらにこの店の替え玉は和え玉という特殊なもので・・この辺にしておこう。この店を語るときりがない。
ただし、この店に来られるときは、昼なら待ち時間は一時間ではきかないのでご注意いただきたい。夜は比較的すいているが。また、当然であるが煮干し嫌いの人にとっては地獄以外の何物でもないので、よくよく熟慮なされるよう。

②H(やきとん)
板橋区民でその名を知らぬ者はいないと言われる、上板橋にあるやきとんの名店の、支店である。ちなみに私は巣鴨に住む前にも板橋区に15年住んでいたが、知らなかった・・。午後4時開店だが、5時にもなれば満席である。さてこのお店、やきとんの焼き加減は絶妙、本当にうまいのだが、それだけでなく、下処理のしっかりしたカルパッチョ、580円では考えられないほど大量で新鮮なバーニャカウダ、レバー嫌いの私でもお代わりしてしまう鶏レバーペースト(バケット付き)(←オレンジマーマレードで食べると絶品!)、そして締めの生パスタを使ったミートソースなど、看板メニューは枚挙にいとまがない。そして、腹いっぱい飲んで食べて、大体3千円でおつりがくる。信じられない良店である。
ただ、ここで今一度皆さんには思い出していただきたい。
この店は、「イタメシ屋」ではなく、「やきとん屋」である。。

③I(居酒屋)
北海道に独自の仕入れルートを持ち、腕利きの板前さんが新鮮な魚介を提供する居酒屋である。魚の処理が素晴らしいだけでなく、お酒の種類も豊富。ほっけや本ししゃもを刺身で食べるという、ちょっと他ではできない経験もできる。刺身のツマ用のドレッシングを用意してくれるのもうれしい。頼んだメニューで失敗したことがない。価格ももちろん板橋価格である。遠方から友人が来ると、大体この店に案内するようにしている。

④V(カフェ)
コーヒーに詳しい人に聞くと、コーヒー豆は本来質の悪い豆を一つ一つ取り除かなければならず、これをしないと雑味が混ざってしまい、味は格段に落ちるのだとか。私は残念ながらそこまで違いが分からないのだが、この質の悪い豆を一つ一つハンドピックで取り除く作業、これを焙煎前後で2回も行っている都内でも数少ない店がここである。ここの店主は多くのメディアで取り上げられる、コーヒー界の有名人と聞く。このような素晴らしいコーヒーが、志村坂上だと並びもせずに飲めてしまう。板橋区万歳。

以上、都内屈指のマイナータウン志村坂上について、少し分かってもらえただろうか?え?宮之原が理屈っぽくて面倒くさいということが良く分かった?はい、すみません。。。

以 上

宮之原 大輔 (マネージャー)

<モットー>
一日一半荘

<経歴>
東京大学経済学部卒業後、商社に勤務するも2年と持たずに逃げ出す。

200110月に中央青山監査法人入所。主として建設業の監査業務に従事。

2007年7月、監査法人A&Aパートナーズに入所。

<趣味>

麻雀、フットサル

<メッセージ>

監査という仕事は車のブレーキと同じです。

ブレーキのついていない車は必ず事故を起こします。

一方で意味のないブレーキをむやみに踏んでいると、会社業務は渋滞を起こします。

踏むべきブレーキは必ず踏んだ上で、乗り心地のよいブレーキを目指したいと思いま

す。

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