2015.04.13

ナンダカンダ

神田に住む夫婦には子がおらず、落ち込む妻を励まそうと四国周遊の旅に出ました。香川県は小豆島に、妻が好きな橄欖なる樹木の森があると聞いたからです。

その道中、金刀比羅宮(こんぴらさん)を参拝した折、案内人からこんな話を聞かされます。

清水次郎長の子分・森の石松は、讃岐の金比羅宮に親分の代参をすることになった。大阪から京都に向かう三十石船の中、旅人がなにやら噂話をしている。

「街道一の親分は清水次郎長よ」
親分を褒められ気分を良くした石松、

「寿司を食いねえ、江戸っ子だってねえ。」としゃしゃり出る。

「こちとら神田の生まれよ。」

「そうだってねえ、食いねえ、食いねえ、寿司を食いねえ、もっとこっちに寄りねえ。」

しかしそのうち、調子がおかしくなってくる。
次郎長の子分には強いのが沢山いると、旅人が強い順番に名前を挙げていくが、なかなか石松の名前が出て来ない。

しびれを切らした石松、「おい、寿司返せ!」となる。

実はその旅人は彼が石松である事に気づいており、「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ。」と石松をからかうのである。

その後、金比羅宮を参拝した石松は、余りに立派な旭社を本堂と勘違い。旭社に親分の刀を奉納し、江戸に戻る途中、遠州中郡にて騙し討ちに遭い討死した。

広沢虎造の十八番として知られる浪曲「森の石松三十石船道中」の一節ですが、夫婦は「へぇ、あの男性3人組の歌はこの話が元ネタなのか。」と、さして気にもとめず、四国周遊の旅を満喫しました。

その後、東京に戻ってみると女の子を授かったことを知り、大変喜びました。新しい命は、奇遇にも神田は駿河台の病院にて、産声を上げました。

「オギャー(神田の生まれよ!)」

と言ったかどうかは定かではありませんが、いつの日か、病院からもらった「江戸っ子証明書」を娘に見せて、この話をするのを楽しみにしています。

さて、神田といえば神田祭をご存知でしょうか。あまり知られていないようですが、京都の祇園祭、大阪の天神祭と共に、日本三大祭の一つに数えられる祭りです。

蔭の年と陽の年を繰り返し、2年に一度、陽の年に大祭が行われます。今年は陽の年にあたり、5月7日(木)から5月15日(金)まで、様々な江戸祭礼の行事が執り行われます。さらに今年は遷座400年という記念の年でもあり、神田の街はにわかに騒がしくなっています。

中でも見どころは5月9日(土)、10日(日)に行われる神幸祭と神輿宮入の2日間です。神幸祭は、神田明神の三柱の御祭神をのせた鳳輦・神輿3基を中心にした約500メートルに及ぶ時代行列が神田、日本橋、丸の内等、氏子である108の町会を約30キロにわたって巡行します。
夕方には、日本橋三越前にて附け祭と合流し、数千人規模の大行列が神田明神へ向かいます。

メインイベントである神輿宮入は、神田周辺の各町会が所有する氏子自慢の神輿が、朝から晩まで入れ替わり立ち代り切れ目なく神田明神に向けて繰り出し、宮入りを目指します。

黒山の人だかり、その迫力と熱気で、街は異様な興奮に包まれます。

 

 

20150413

以上、神戸による神田の話でした。

神戸 良尚

慶応義塾大学商学部卒業
趣味:自転車(ロードバイク)、横浜家系ラーメン巡り

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