2015.04.27

ネーミング

最近、俺の○○というお店が安くて美味しいと評判で流行っていますね。この間コンビニに行った際には、俺の○○というプリンやパンが売っていたため、思わず買ってしまいました。

なんで俺の○○というネーミングだと、興味がそそられるし、「良さそう」と思ってしまうのでしょう。不思議ですね。草食系男子が多くなって来た一方で、頼り甲斐のある「自分に自信あり!」という肉食系(?)男子も、根強く人気があるという証なんでしょうか。

なんてことを考えながら妄想を繰り広げたら、誰でも考えつく先は一緒ですよね。

自分自身でも「俺の○○」をやるしかない!

でも、実際何をやったらいいんでしょう。僕は会計士として監査業務メインで社会人生活を送ってきたわけだから、やはりやるなら監査法人でしょうか。

じゃあ、「俺の監査法人」?
うーん。なんかピンと来ない。
「監査法人オレノ」の方がいいですかね。

よし、決まり!
「監査法人オレノ」

名前は決まりました。次は、何を売りにするかですね。

「俺の監査はすごいぞ。細かいぞ!」
「俺の監査を受けてみろ!」
うーん。ダメな気がする。

どうも監査法人と「俺の」は合わなそうですね。

監査法人は、1項業務(財務情報の信頼性の保証)と2項業務(アドバイザリー)が主たる業務なわけですから、名前にはその両方を入れるべきですかね。
英語でいうと、Assurance & Advisory
頭文字を取ると、A&A
あ!勤めている監査法人じゃないですか。

「監査法人A&Aパートナーズ」

うーん。絶妙ですね。

太田 洋介
(プロフィール)
埼玉県立浦和高等学校卒業。慶應義塾大学卒業。
2007年、公認会計士試験合格。同年、監査法人A&Aパートナーズ入所。2011年公認会計士登録。

(趣味)
テニス、麻雀、三国志大戦(ゲーセンです…)

(メッセージ)
Be of good use(役に立つ)をモットーに生きています。

2015.04.20

~ネコ食堂は大繁盛~

昨年のブログより、常連さんのネコメンバーは変わりました。
ママ猫とその家族、キジトラの大きい猫、キジトラの小さめの猫、毛足の長い黒猫など…。
エサをいれる容器も数がいるようになりました。一つにしておくと自分の分だとばかりに、唸り声を出し、それでも同じ容器から食べようとすると爪をたて一触即発の状態になります。
あまり、入れ換わりたち替わりこられてもと困るので、エサをあげないようにすると、窓ごしにジッーと見ているのでついついやってしまいます。キャットフードの用意も大変になるわけです。

昨年の秋、キジトラ白の子猫が一匹、迷い込んできました。
手のひらにのるかなと思えるくらいの大きさだったのが、今はすっかり成猫でしかも美猫になりました。
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肝心の飼い猫は、家にきて12年余りたちました…。
もともと外猫ではっきりとした年齢はわかりませんが、人の年齢にすると60~70歳になるようです。
猫は人の一年で4歳年を取るそうで、飼い主ともどもお互い歳をとったネ!というところです。
そう言えば、少し、動きがゆっくりになってきたかなと思うこの頃です。
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書いた人:渡 栄子
 この仕事について2007年に監査法人A&Aパートナーズに入所、監査法人中央会計事務所から、はや何十年‥!事務職ながらお役に立つよう働いています。テレビで時おり見られる動物カメラマンの岩合光昭さん、どこに行っても、どうしてあんなにすぐネコと仲良くできるのか、うらやましいネコ好きです。

2015.04.13

ナンダカンダ

神田に住む夫婦には子がおらず、落ち込む妻を励まそうと四国周遊の旅に出ました。香川県は小豆島に、妻が好きな橄欖なる樹木の森があると聞いたからです。

その道中、金刀比羅宮(こんぴらさん)を参拝した折、案内人からこんな話を聞かされます。

清水次郎長の子分・森の石松は、讃岐の金比羅宮に親分の代参をすることになった。大阪から京都に向かう三十石船の中、旅人がなにやら噂話をしている。

「街道一の親分は清水次郎長よ」
親分を褒められ気分を良くした石松、

「寿司を食いねえ、江戸っ子だってねえ。」としゃしゃり出る。

「こちとら神田の生まれよ。」

「そうだってねえ、食いねえ、食いねえ、寿司を食いねえ、もっとこっちに寄りねえ。」

しかしそのうち、調子がおかしくなってくる。
次郎長の子分には強いのが沢山いると、旅人が強い順番に名前を挙げていくが、なかなか石松の名前が出て来ない。

しびれを切らした石松、「おい、寿司返せ!」となる。

実はその旅人は彼が石松である事に気づいており、「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ。」と石松をからかうのである。

その後、金比羅宮を参拝した石松は、余りに立派な旭社を本堂と勘違い。旭社に親分の刀を奉納し、江戸に戻る途中、遠州中郡にて騙し討ちに遭い討死した。

広沢虎造の十八番として知られる浪曲「森の石松三十石船道中」の一節ですが、夫婦は「へぇ、あの男性3人組の歌はこの話が元ネタなのか。」と、さして気にもとめず、四国周遊の旅を満喫しました。

その後、東京に戻ってみると女の子を授かったことを知り、大変喜びました。新しい命は、奇遇にも神田は駿河台の病院にて、産声を上げました。

「オギャー(神田の生まれよ!)」

と言ったかどうかは定かではありませんが、いつの日か、病院からもらった「江戸っ子証明書」を娘に見せて、この話をするのを楽しみにしています。

さて、神田といえば神田祭をご存知でしょうか。あまり知られていないようですが、京都の祇園祭、大阪の天神祭と共に、日本三大祭の一つに数えられる祭りです。

蔭の年と陽の年を繰り返し、2年に一度、陽の年に大祭が行われます。今年は陽の年にあたり、5月7日(木)から5月15日(金)まで、様々な江戸祭礼の行事が執り行われます。さらに今年は遷座400年という記念の年でもあり、神田の街はにわかに騒がしくなっています。

中でも見どころは5月9日(土)、10日(日)に行われる神幸祭と神輿宮入の2日間です。神幸祭は、神田明神の三柱の御祭神をのせた鳳輦・神輿3基を中心にした約500メートルに及ぶ時代行列が神田、日本橋、丸の内等、氏子である108の町会を約30キロにわたって巡行します。
夕方には、日本橋三越前にて附け祭と合流し、数千人規模の大行列が神田明神へ向かいます。

メインイベントである神輿宮入は、神田周辺の各町会が所有する氏子自慢の神輿が、朝から晩まで入れ替わり立ち代り切れ目なく神田明神に向けて繰り出し、宮入りを目指します。

黒山の人だかり、その迫力と熱気で、街は異様な興奮に包まれます。

 

 

20150413

以上、神戸による神田の話でした。

神戸 良尚

慶応義塾大学商学部卒業
趣味:自転車(ロードバイク)、横浜家系ラーメン巡り

2015.04.6

喜怒哀楽

去年は厄年でしたが、
伊勢神宮と出雲大社を両方ともお参りしたおかげか、
何事もなく過ごすことができました。

厄年付近にもなると、
歳を取ったなあと思うことが多々あるもんですね。

なので……
今のうちに、これまでの人生を、喜怒哀楽それぞれのエピソードを交えながら、振り返っておこうと思います。

まずは「喜」。

今までの人生でいちばん喜んだのは、
やはり公認会計士試験の第二次試験に合格した時です。

高校受験、大学受験、学生時代の就職活動と、
すべて無難な選択しかしたことがなかった私にとって、
無職になって、なれるかなれないかもわからない公認会計士を目指すのは、
人生で初めての挑戦といえる出来事でした。

おそらく今後、この時以上の喜びを味わうことはもうないでしょう。

次は「怒」。

最近もそうですが、
若い時はとくに短気で、
起きている時間の半分以上は何かに怒っていて、
眉間のしわが絶えませんでした。

そんな私が今思う、
人生でいちばん腹が立つのは、
学生時代の自分自身に対してですね。

学生時代は何もかも考えが甘く、
車で崖から転落したり、
大学を留年したり、
両親や周りの人に心配かけてばかりでした。

過去をやり直すことができるならいつに戻りたい? と聞かれたら、
迷うことなく18歳と答えます。

そして「哀」。

数年前、北海道にスキー旅行に行ったんです。

夜になり、露天風呂にでも入ろうということになって、
雪のちらつく中、近くのホテルに歩いて向かいました。

身体も冷え切っているので、サッとかけ湯だけして、
露天風呂に通じる扉をガラガラと開けて外に飛び出しました。
すると、階段を数段おりた先には2種類の露天風呂が。

1つはタイル張りの長方形で屋根もついており、
湯けむりの中に十人ほどの先客がいたでしょうか。

もう1つは天然の岩に囲まれた半円形で、
こちらには屋根はなく、そのせいかだれも入っていません。

私は、せっかくなので本格的な方に入りたいなということで、
ゴツゴツした岩の方に、寒さも手伝って勢いよく突っ込んでいきました。

雪が降っててもホンマもんの温泉好きはこっちに入るんやでぇという意味を込めて、
軟弱な先客たちに「露天風呂と言えばこっちやろ!」という謎のアピールをしながら。

そしたらなんと……

そこは池でした。
鯉もいました。
どうりでだれも入っていないわけです。

足元で口をパクパクさせながら私を見上げていた鯉の哀しそうな表情は今でも忘れられません。

最後に「楽」。

これまでの人生でいちばん楽しいのは、まさに今です。

最近何があったとか、
これから何があるとかではなく、
今までの人生を振り返ると、
常に今がそれまででいちばん楽しい時間だったんだと思います。

これからも
昨日より今日、
今日より明日が
楽しくなるような人生を送っていけたらいいですね。

どこか遺書めいたブログになってしまったような気もしますが、
「哀」のエピソードを紹介したかっただけですので、
どうかご心配なさらぬよう。

木村 勝治 

ひとこと:世界はすべて二色で塗り分けられます。「紫」と「紫以外」です。


 
経歴
金沢大学経済学部卒業後、自動車ディーラーに入社し自動車の営業マンに。
営業に出ると言っては入り浸っていた書店で「だれでも公認会計士になれる本」と出会ったことがきっかけで、中央青山監査法人に入所。
上場会社と公開準備会社の主査を経験後、2007年8月監査法人A&Aパートナーズに移籍。
 
趣味
ゴルフ、靴磨き
 こだわり
世の中の物はすべて、紫のものかそうでないものに分けられ、紫の方を選択する。

メッセージ

「仕事は楽しく」を心がけて、明るい現場づくりに努めたいと常々思っています。