2015.01.26

誰か教えて下さい②

前回「誰か教えて下さい」をやったら若干の反応がありました。今回もやりたいのですがトピックばかりやっているとヤバいので今回は研究中の歴史テーマで教えて下さいをやります。でも同じ国の航空機がたった1年で3機も墜落なんて……

今中国の三国志の魏志倭人伝…正確には晋の陣寿が記した魏書の第三十巻「烏丸鮮卑東夷伝」の「倭人条」…にはまっています。というと巷の歴史研究家間で議論百出の邪馬臺国(ヤマトと発音するのが正確)はどこにあったかだろうと思われますが、全然違います。
筆者の疑問点は
①魏書では景初2年(BC238年)に倭王卑弥呼の朝貢があったとされているのに日本書紀や
梁書(唐代の書)では景初3年BC239年になっており、史学家の間でも239年の間違いだろうということになっている。ただ日本書紀や梁書は500年くらい後の書なので当然魏書の記述の方が正確ではないか。景初2年正月に魏皇帝が、遼東半島を中心に強大な海上勢力であった公孫氏の討伐を司馬仲達に命じ、朝鮮半島は交戦状態だったこと。「倭国の朝貢使が戦闘中の土地を行けるはずがない」というのが理由。そうかなー?
②朝貢の返礼品が半端じゃないこと。金印紫綬は有名だが、使者の難升米(ナシメ)ら10名が銀印青綬を貰っている他、膨大な贈り物を貰っていること。2、3000円の手土産を持って挨拶に行ったら100万円くらいのお礼を貰ったようなもの。なんで?
それに使者たちはほぼ全員皇帝から官位を貰っているがみな武官(軍人)の官位。おまけに贈り物はわざわざ魏が倭国まで返使付で送り届けている。へぇ~
③当時の東支那海と南支那海は魏と戦争中の「呉」が制海権を持っていて、かつ渤海から東支那海は公孫氏も勢力を持っていて呉と公孫氏は同盟したり離反したりしていた。卑弥呼の水軍にとってもこの両者は海上貿易の障害で、おまけに卑弥呼の仇敵である狗奴(クナ又はコウヌ)国は公孫氏の影響下にあった。ということで魏と卑弥呼は利害が一致している。魏は遼東半島制圧時に船で朝鮮へ軍隊を送っていてその護衛が必要だった。
魏書東夷伝序文に「又、軍を潜めて海に浮かび、楽浪帯方の郡を収め、而して後、海表謐然、東夷屈服す」とある。なお、魏は内陸国で水軍は川のみ、海はド素人。
④そもそも邪馬臺国の卑弥呼は倭国の有力土豪連合の上に乗っかった象徴的な存在などではなく、軍事力と貿易による経済力を持った強力な中央集権国家だったのが真相だと思いますが、ここでは理由は省略。

以上何を言いたいかというと、「卑弥呼の邪馬臺国水軍は魏の総司令官司馬仲達が公孫氏を攻撃した際、東支那海と渤海の制海権確保に協力し、魏の勝利に大きく貢献した。朝貢というが実は戦勝記念パーティーに呼ばれて大いに歓待されてすごいお土産を貰った」 というのが魏書の記述の真相ではないかと考えているところです。
つまり戦後の歪んだ似非教育を受けて自虐史観を植えつけられた今の日本人には到底推
論できない話ですが、古代からこの国は超大国だったと思っています。白村江の戦で百済救援のとき、倭国水軍は壊滅的な打撃を受けましたが旧唐書(クトウジョ)では「倭船400
槽を焼く」とあり、新羅書では「1000槽を焼く」とあります。小舟では玄界灘は渡れませ
んから50~100人乗りのすごい船団が侵攻したのでしょう。

ここで「教えて下さい」は、「では古代日本の準構造船がどのようなものだったか、造船
技術や航海術はどこから来たのか」ということです。
自分なりの仮説は今研究中ですが、BC900年ごろから「フェニキア」が来た!!というも
のです。旧約聖書の列王記にソロモンの頃、彼のスポンサーでお妃の親父だったフェニキアのチュロス王の記述があり、ソロモンがチュロス王に命じて今のアデン湾に造船所と製銅所を作っています。フェニキアはこのころから地中海のみでなく、アフリカ東部やインドまで交易権を広げたようでソロモンに孔雀をプレゼントしています。だったら南シナ海を経由して日本に来ていてもおかしくないのでは。
もう20年くらい前、筆者は一時ペトログリフ(岩刻文字)に凝ったことがあるのですが、
ペトログリフ学会では超有名な瀬戸内海彦島の岩刻文字は古代シュメール文字ないし古代
フェニキア文字といわれていて、すでに解読されています。このことがずっと頭にあった
のですが、列王記を読み直して「ハタッ」とストーリーがつながりました。
もしかして神武天皇はフェニキア系か! 神武即位はBC660年で今年は皇紀2675年です
がユダヤ暦では5775年、ジャスト3100年の違いがあります。ジャスト!!
なんてことを考えている断腸亭日常ですハイ。

笹本 憲一
一言:
 最近のオタクな日々を徒然なるままに書きました。

略歴 : 中央大学商学部、日本大学大学院修了後、日本大学講師を経て監査法人中央会計事務所入所。中央青山監査法人時代は事業開発本部で横浜株式公開部長、CSR部長担当。平成197月監査法人A&Aパートナーズ代表社員就任。

趣味 : 歴史研究(先史~昭和史)、軍事研究(現在防衛省系NPOの監事)

    その他マルチオタク(鎧甲冑・戦史・犬・国際情勢・印刷機械……)

スポーツ:100を切れないゴルフと挙がらなくなったバーベル

天敵 : ネギ