2014.01.14

我が子の成長

一昨年の秋にブログを書いてから早いもので1年と数カ月が過ぎた。その時には、待望の第一子誕生!と書いていたのだが、既に子供は1歳5カ月になる。子供の年齢を考えると1年数カ月が経過したことが納得できる。
30歳を超えてからというもの、1年が経過するのが驚くべき早さである・・・。
余談はさておき、子供が誕生してからこれまでの成長を徒然なるままに書いておくこととする。

(誕生~3カ月)
妻の実家が九州であることもあり、出産~3カ月経過時まで実家で過ごしていた。私はと言うと、東京~九州間を往復する日々を送っていた。妻からも「乳幼児期間は短いから、会えるときに会ってた方がいいよ」と言われ、何回も九州行きの飛行機に乗っていた。
今となってみれば、足しげく通って良かったと思う。そうでなければ、突然大きくなった我が子と遭遇し、親としての実感を持つまでに時間を要していただろうと思われるからだ。
誕生~3カ月までの我が子は、当然のことながら首も座っておらず、ぐらぐらの状態で、ただただ泣くばかりであった。但し、以前のブログにも書いていたように、笑顔は毎日のようにあったが・・・。

(3カ月~6カ月)
3カ月を経過してようやく東京での生活がスタートだ。3カ月で初飛行機、初東京である。九州出身の私からしてみると何とも贅沢な気がするが、親が東京で生活しているのだから、当たり前のことかと自分自身に失笑した。
ようやく首も座り、私が手を振ると目で追えるようになった。家族3人でのお出かけも出来るようになり、あまり慣れないベビーカー生活を送る。子供がいなかった時は駅の作りに何の疑問も持たなかったが、子供が出来てみると、エレベータがない駅の不便さが目につく。特に昔からある地下鉄の駅はエレベータがないことやあっても不便な場所にある場合が多い。階段が3段であっても一苦労だ。ただ、今になって思うと、この頃のお出かけは、子供があまり動かない、結構な頻度で寝ていることから楽だったと思う。

(6カ月~1歳)
6カ月を経過し、少し遅めの寝返り格闘がスタート。回りから聞いてはいたものの、格闘は数週間続いた。最初の内は要領を覚えさせるために、少し補助をしていたが、なかなかうまくいかない。子供自身も、うまく出来ない自分に腹を立てて、唸り声をあげていたことが懐かしく思う。ようやく寝返りを覚えた際には、何度も何度も無駄に寝返りをうっては笑っていた。寝返り成功後から、はいはいをするまでは時間を要しなかった。日に日にはいはいのスピードがアップし、目を離すと既にいない状態のスピードとなっていた。
そんなこんなでアッと言う間に1歳を迎える(多少説明が雑であるがご了承願いたい)。1歳になった時に、実家の九州でお祝いをしてくれるということもあり帰省(既に、飛行機搭乗回数は2桁近くなっていたが・・・。)。私の実家では、1歳の誕生日に餅を踏ませる風習とともに、ペン、そろばん、お金を置いてどれを掴むのかで将来を占う風習がある。我が子はというと・・・・「ペン」であった。ちなみに、ぺん、そろばん、お金の意味は下記の通りである。
ペン:芸術家、作家等の物書き
そろばん:商売人
お金:金持ちになる(何ともざっくりですが・・・)又はお金を扱う銀行マンなど
小さな子供がどれにしようか悩んでいる姿は何ともかわいいものであった。将来は作家とのことなので、作品を楽しみに数十年待つとするかぁ。

(1歳~現在)
1歳1カ月になった頃、ついに2足歩行を開始した。最初はどれだけ転ぶんだというくらい転んでいたが、1カ月もたたない内に走れるようになり、今では、自由奔放に移動している。あとは、自己主張が激しくなってきている。おもちゃ売り場から移動しようとすると泣きながら嫌がり、公園から帰ろうとすると地団太を踏んで嫌がる。声もびっくりするぐらい大きい・・・。何も言えず、横たわっているばかりであった乳児の頃から1年でここまで成長するのかと思うと驚きである。それにしても、レストランなどで大声を出されると少しばかり大変であるが・・・・。
ただ、大変なことばかりではなく、仕事に行く際には「パパー」とかわいい声でお見送りしてくれ、満面の笑顔でバイバイしてくれる。本当にうれしい限りだ。親として、今後順調に成長してくることを願うばかりである。

永利 浩史(マネージャー 公認会計士)

【プロフィール】
早稲田大学商学部卒業後、2003年中央青山監査法人入所。上場会社のスタッフ業務及び公開準備会社の主査業務を経験後、2007年7月に監査法人A&Aパートナーズに移籍

【趣味】
買い物、愛犬と出かけること。子育て。

【メッセージ】
事務所の兄貴達と楽しく明るい職場作りを心がけています。かっこいい中年になりたい!!