2013.09.24

剱岳

今年の夏休みを利用して、友人と剱岳・立山縦走登山に行ってきました。剱岳は、国内で一般登山者が登る山のうち最も危険度の高い山であるといわれています。その理由としては、急峻な岩場が続き、鎖場やハシゴが多く、滑落の危険が高いためです。

この剣岳の初登頂にいたるまでには非常に面白いドラマがあります。

剱岳は「弘法太師が草鞋三千足を費やしても登頂できなかった」との言い伝えが残るほど、登頂することが困難な山でした。
明治に入り、陸軍が日本地図の作成を行うプロジェクトを立ち上げます。参謀本部陸地測量部の測量官である柴崎芳太郎は、当時未踏峰であるとされていた剱岳への登頂と測量を命じられました。剱岳は日本地図最後の空白地帯であり、この任務は非常に重要かつ危険なものでした。柴崎は地元住民の宇治長次郎などを案内人とし、剱岳の厳しい環境に立ち向かっていきます。初登頂をめぐっては、当時台頭してきていた日本山岳会との競争にもなりますが、柴崎としては負けるわけにはいきません。

さまざまな困難を乗り越えながら、ついに柴崎は剣岳に登頂することに成功します(ぜひ新田次郎の「剱岳 点の記」を読んでみてください)。
登頂した柴崎たちが見たものは、錆びついた鉄剣と錫杖でした。また、山頂近くの岩場には古い焚き火跡もあったといわれています。これらの遺物は奈良時代や平安時代頃に登頂した修験者のものと考えられています。つまり、ずっと未踏峰だとされてきた剱岳は、千年ほど前にすでに登頂されていたのです。

現在の剱岳は、「落ちたら死ぬな」とは思うところは多いですが、足場や鎖が非常に整備されています。登頂までの歴史を思いながらの剣岳の険しい岩場は、登っていてとても楽しい山でした。

山頂に至るまでの鎖場
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キャンプ地での様子
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4人で剱岳を眺めながら
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別山から眺める剱岳
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間所 拓平
〈プロフィール〉
福井県出身
2009年4月に監査法人A&Aパートナーズに入所
〈行ってみたい国・場所〉
シンガポール、ネパール、ミャンマー、ボリビア、アメリカの国立公園
〈今年の目標〉
雲ノ平でスローキャンプ