2013.09.30

不思議な体験

昨年5月に長女を出産した。
それに伴い1年程出産・育児休暇を頂いた。

その間に当然ではあるがお腹の中で生き物が育つという不思議な体験をした。
しかもある程度のサイズになると動く。

最初はツンツンとつつかれている感じが
終盤にはドンドンとどつかれるようなそんな感じ。

ある時は自分の体内から手のような足のようなものが外に向かって突き出したり
ある時はヒクッヒクッと自分以外のしゃっくりが体内から感じられる。

考えれば考えるほど何とも言えない奇妙な感じ・・・

そして、この世のモノとは思えないあの出産の痛み。
鼻からスイカを出す感じなどと耳にするが、そんなスッキリしたものでもない。
内臓が外に出て行く、例えるなら大きく膨らんだ胃袋を口から出し・・・
考えると気分が悪くなってくるのでまぁいいとしてとにかく痛かった。
あの痛みを忘れて2人も3人も出産をするとはホント人は忘れやすい生き物だと思う。

その後も半年くらいの間は、娘は私の母乳のみでみるみる成長していった。
ちなみに母乳は血液から出来ているらしい。
血を吸って生きるとは、娘は吸血鬼なのか・・・
やはりなんとも不思議でたまらない。

人間とはいえ私はただの動物、哺乳類なんだと実感した。

そんな娘も1歳3ヶ月になり、今では歩くしご飯も食べる。
ちょっと前までお腹の中でツンツンつついていたのに。

子育ての感想としては、とにかく想像を遥かに超えて手がかかる。
哺乳類の赤ちゃんの中で一番無力な状態で生まれてくるのがヒトの赤ちゃんとは聞くが
進化の過程でもう少しどうにかならなかったのかとつくづく思う・・・

1歳3ヶ月になり、ようやく他の哺乳類の生まれたての赤ちゃん程度になっただろうか。
・・・まだまだ子育ても先は長そうだ。
でもおかしなもので、大変な事が目にみえていてもそれを楽しみに思っていたりする。
どうやらこれが母性というものらしい。

百聞は一見にしかずとはまさにこの事で、ウワサを超越した貴重な体験であった。
まだまだ未体験の不思議な事は世の中たくさんあるんだろうなぁ・・としみじみ思う。

しかし世の人はあの人もこの人も皆、例外なくこんな風に生まれてきたとは想像もつかない。

福島 康代

福岡県出身

2008年論文式試験合格後A&Aパートナーズへ入所

 

いつも好奇心旺盛でいたいと思います。

2013.09.24

剱岳

今年の夏休みを利用して、友人と剱岳・立山縦走登山に行ってきました。剱岳は、国内で一般登山者が登る山のうち最も危険度の高い山であるといわれています。その理由としては、急峻な岩場が続き、鎖場やハシゴが多く、滑落の危険が高いためです。

この剣岳の初登頂にいたるまでには非常に面白いドラマがあります。

剱岳は「弘法太師が草鞋三千足を費やしても登頂できなかった」との言い伝えが残るほど、登頂することが困難な山でした。
明治に入り、陸軍が日本地図の作成を行うプロジェクトを立ち上げます。参謀本部陸地測量部の測量官である柴崎芳太郎は、当時未踏峰であるとされていた剱岳への登頂と測量を命じられました。剱岳は日本地図最後の空白地帯であり、この任務は非常に重要かつ危険なものでした。柴崎は地元住民の宇治長次郎などを案内人とし、剱岳の厳しい環境に立ち向かっていきます。初登頂をめぐっては、当時台頭してきていた日本山岳会との競争にもなりますが、柴崎としては負けるわけにはいきません。

さまざまな困難を乗り越えながら、ついに柴崎は剣岳に登頂することに成功します(ぜひ新田次郎の「剱岳 点の記」を読んでみてください)。
登頂した柴崎たちが見たものは、錆びついた鉄剣と錫杖でした。また、山頂近くの岩場には古い焚き火跡もあったといわれています。これらの遺物は奈良時代や平安時代頃に登頂した修験者のものと考えられています。つまり、ずっと未踏峰だとされてきた剱岳は、千年ほど前にすでに登頂されていたのです。

現在の剱岳は、「落ちたら死ぬな」とは思うところは多いですが、足場や鎖が非常に整備されています。登頂までの歴史を思いながらの剣岳の険しい岩場は、登っていてとても楽しい山でした。

山頂に至るまでの鎖場
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キャンプ地での様子
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4人で剱岳を眺めながら
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別山から眺める剱岳
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間所 拓平
〈プロフィール〉
福井県出身
2009年4月に監査法人A&Aパートナーズに入所
〈行ってみたい国・場所〉
シンガポール、ネパール、ミャンマー、ボリビア、アメリカの国立公園
〈今年の目標〉
雲ノ平でスローキャンプ

2013.09.17

バーベキュー

神奈川県横須賀沖に猿島という島があります。
幕末から昭和初期までは軍事拠点だったそうですが、現在は海水浴やバーベキューが楽しめる自然公園になっています。

都心からのアクセスが良く、開放感も抜群ということで、ここ数年は毎年訪れています。
今年も8月の土曜日、イヤになるほどの暑さの盛りに行ってきました。
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JR横須賀中央駅で降り、地元のスーパーで買出しをして、いざ猿島へ。
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僕たちは正午くらいに到着したので、到着した時にはすでに混雑を極めていました。
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めちゃくちゃ暑いなか、テントをたて、火をおこし、肉や魚介をビールで流し込みました。
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わざわざ来た甲斐がありました。
やはり最高です。

また1年後。

三城 浩一
(プロフィール)
広島県福山市出身関西学院大学総合政策学部卒業2007年監査法人A&Aパートナーズ入所
(趣味)
散歩、料理、ビリヤード
(メッセージ)
いつもフレッシュな心をもってがんばります。

2013.09.2

マラソンとは…

先日、「マラソンとは、人生の縮図だ。」とある人から話を伺いました。マラソンを人生に例える人はよくいますが、総じてマラソン好きの人だと思います。

Googleで『人生 マラソン』と検索ワードを入力するとたくさんの検索結果が出てきます。気になったポイントをまとめると以下のとおりです。
・スタート時点をはっきり認識し、ゴール時点を見据えて走ること。
・自分の力を信じて自分のペースで走ること。
・途中にアクシデントはつきものであること。
・他人との勝負よりも自分との勝負が重要であること。
・ゴール後にレースがどうだったかを振り返ること。

私の場合、長距離走がとても嫌いで、学生時代の部活動でも200円ほどをポケットに忍ばせ(途中で飲み物を買うためです)、いつも最後尾を走っていました。これは練習が嫌いだったからではなく、長距離走の練習は成果(=試合の結果)として現れないと思っていたからです。

例えば、中学は野球部でしたが、サードをやっていてスタミナが必要と思ったことは一度もありませんでした(ピッチャーの場合だけ必要だと思っていました)。高校と大学はボクシング部でしたが、3分×3ラウンドで使うスタミナと長距離走で培うスタミナは別物だと思っていました。そのため、考える間も与えられないほど走らされた合宿でも、ふとした瞬間にバスに乗って合宿所まで帰ってしまうこともありました。

いまとなってみれば、勝てなかった試合はあの練習を嫌っていたことが原因だと思えるようになってきました。あのとき、真面目に走っていれば違う価値観を見いだせていたかもしれないのにもったいないなと感じることがあります。これからの人生は真面目に走って後悔しないようにしたいです。

松本 浩幸

<プロフィール>

1982817日生まれ

20091月 監査法人AAパートナーズ入所

<モットー>

興味がないことは全く気にしない