2013.07.29

天国からちょっと地獄

自分は現在遊びで草野球をやっていて、今年から高校時代の友人のチームへ加入して区民大会の優勝を目指してがんばっています。
チームは現在Bクラスに所属しており、区民の上位はAクラスで、Bクラスで優勝するとAクラスに昇格となります。
今年から加入した自分は入ったときから強いチームだと感じていたのですが、なかなかAクラスにいけないと聞いて驚いていました。ちょっと反則ですが元巨人(以下、元G)のピッチャーがいたりして負ける要素がないように思っていました。
が、いざ決勝まで進み先発と登板するとファーボールの連発でランナーを貯め、しまいには押し出しで失点・・・・。後から聞いた話だと、どうしてもAクラスに上がりたくて気負ってしまったと。。。。
内容は端折りますが、結果無事優勝できAクラスへの昇格が決まりました。しかしAクラスで結果残せないとすぐにBクラスへ降格なのでこれからもっと気を引き締めないとなりません。何はともあれ優勝できたことは本当にうれしかったです。
その後、奥さんと優勝を喜びながら帰宅途中に、自宅で簡単に祝勝会をしようという話になり、スーパーによってお酒を買い、マンションに着きエレベーターに乗り自宅のある階に止まってドアが開くはずが・・・・開かない!「開く」ボタンを押しても反応しない・・・・
他の階のボタンを押しても何も反応しない・・・・
そうです。自宅まであと一歩のところでエレベーターに閉じ込められました。すぐに非常ボタンから管理会社に連絡したのですが、日曜だからかまったくつながらず、5分ほど呼び出しの後やっと応答があり、「作業員を向かわせるのでいつ頃つくか連絡します」と言われて電話を切ってから15分たっても音沙汰なし。エレベーター内も次第に暑くなってきて野球の試合後ということもありさすがにしんどくなってきたので最終手段で「119」へ連絡してみました。
消防「火事ですか?緊急ですか?」
私 「緊急といえば緊急なんですが、実は自宅マンションのエレベーターに閉じ込められてまして、管理会社に連絡したんですが15分たっても音沙汰ないんで、出してもらえたりするんですか?」
消防「わかりました!すぐに向かわせます!ご住所は?!」

というやりとりから10分もしないうちに、けたたましいサイレンとともにやってきました。レスキュー隊。重装備した方たちが5人ほど来て僕らの体調を気にしながら「奥さんは体調大丈夫ですか?!」と聞く人みんな奥さんの体調を心配していました。外見で判断しないで僕の体調も気にして、と思いつつドアが開くのを待つこと20分。レスキュー隊のおかげでようやく外に出ることができました。
優勝したよい気分で一日を終える予定が最後の最後に、エレベーターに閉じ込められるという何ともついていない一日の締めくくりとなりました(T_T)

中井 恭平(アドミスタッフ)
ひとこと:精進します。

略歴:関東学院大学(硬式野球部)、某株式会社(1年半神戸在住)、2007年7月監査法人A&Aパートナーズ入社

趣味:野球、ゴルフ、車弄り

メッセージ:日々新しいことばかりなので、気を引き締めて頑張ります。

  

2013.07.16

いたい話

こんな怪我をしたことがある、痛い思いをしたことがある。
そんな話をすると「いや自分の方が痛かった」「私もこんな痛い思いをしたことがある」「私も」「私も…」
と、まるで自慢のような痛い話で盛り上がった経験は、皆さんもあるのではないでしょうか。

私もこれまで爪が剥がれた、骨折した、階段から落ちた、腰がぎっくり…など痛い思いをしてきました。
その中でつい最近、怪我の種類としては打ち身という比較的ありがちな痛い話をしてみます。

ある月曜日、出勤すべくそう長くはない自宅の階段をいつものように下っていた時にそれは起こりました。
(あっ)と思った次の瞬間、ダダン!と音を立て気がつけば元いた段よりも低い所に座り込んでいました。
そうです、階段から落ちたのです。
まだ十代のころ階段から落ちたことはあります。歩道橋で足が縺れ、気がつけば踊り場に転がっていました。
その時は痛みより恥ずかしさが勝りすぐに周囲を確認、周りに誰もいないことにホッとして急いで立ち去りました。
しかし今回はそれができない。
歩道橋の時よりもずっと地味に、たかだか3段程度を落ちたのにも関わらず立ち上がることができませんでした。
「おお…おお……」
と声にならない声で呻きながら腰に感じる鈍痛に悶えること5分ほど、手すりに捕まりなんとか立ち上がると今度は左足が猛烈に痛い。
しかしぱっと見て折れている感じもないしすぐに治るだろう、なんてたかをくくり履きやすい靴で家を出ます。
が、家を出て少し歩いただけで足が痛い、やっぱり猛烈に痛い。
それでも家を出たのだから行ける!行ける!と念じながら足を引きずりなんとかバスに乗り込みました。立ったまま揺られることしばらく、いつもより遅れて駅に到着です。
この痛みで上れるだろうかと懸念していた駅の階段は、意外なことに歩くよりも楽に上ることができました。
電車に乗って、さあいざ事務所へ…としばらく、痛みがどんどん増してきます。
冷や汗が出て、このままでは車内の揺れに耐えられない、支えられない!とよたよたと慌てて電車を降りました。
ベンチに座って落ち着こうとするも痛みはどんどん大きくなりこれはもう無理だと判断、連絡を入れて緊急のお休みです。
そこからがまた大変でした。
途中まで来た道を引き返し、整形外科のある病院に向かいます。
痛みはひどくなる一方で、足はずるずると引きずった状態です。
自分は朝から何をやっているのか…情けない気持ちでひぃひぃと病院にたどり着いた時点で疲労困憊、午前10時ごろのことでした。
とにかく混雑する月曜日の総合病院。
診てもらえたのは12時ごろで、その時には打った腰の痛みも増し座っているのもつらい状態に…
ここまで痛いのだから、もしかして骨が折れているのかもしれない。
そんなことを思いながらレントゲン写真を見ると先生が一言、
「足も腰も、骨に異常はないですね。打ち身だと思われます」
「え…」
ここまで痛いのに打ち身、休んだのに打ち身、釈然としません。
しかしレントゲンに間違いはなく、患部の触診もないまま湿布薬と薬をもらい診察は終了です。
(余談ですがこのレントゲンで過去の剥離骨折の後が見つかりました。しかし足を骨折した覚えはありません…)

打ち身ならすぐに良くなるでしょ。
どうにか家に帰り薬を飲むころにはそんな風に思うようになっていました。
依然として痛みはひけません。が、打ち身なら…と楽観視。
そしてろくに動けぬまま翌日の朝を迎えます。

痛い。
昨日よりも痛い。
歩けない。
「すみません、歩けないので今日もお休みを…」
次の日も、次の日も…

打ち身を甘く見ていました。
とにかく痛い。動けない。そして治る気配がない。
結局月曜日から木曜日まで休み、それでも治りきらないまま半月以上が経過しました。
今では普通に歩けるようになりましたが時折ズキっと痛み腰はおかしな腫れが残っています。完治は遠い…

十代の頃ならいざ知らず、とっくに大人になった今なぜこんな怪我をしてしまったのかとショックばかりが残る階段落ちでした。

これまで何度も下った慣れた階段で起こった今回の怪我。
注意不足や慣れによる油断、日常の緊張感の欠け、そんなことを痛感しました。
痛い代償ではありましたが、あくまでも打ち身で、大怪我で代償を払うことにならずよかったとも思えます。

今では階段を下る際、常に落ちたらどうしようという緊張との闘いです(笑)
慣れていても突然やってくるアクシデント、皆さんも怪我にはお気を付けください。

福沢 育子(ふくざわ いくこ)

青森県出身(といっても本籍のみで生まれてからはずっと東京)

ソフトウェア開発業を経てAAPへ。社内PCのイロイロやIT監査のお手伝いをしています。

2013.07.8

株取引で成功する条件とは?

いわゆるアベノミクス効果等の影響で、株式市場では取引が活発化し、日経平均株価は政権交代以後、右肩上がりで上昇し続け、5月23日には一時15,942円60銭の高値を付けました。これは年初から5割近くの上昇であり、政権交代前の安値からだと9割近くの上昇ということになります。その間、「よし、俺もこの流れに乗って、一発当ててやろう!」という野心をもって株を始めた方もみなさまのお近くにいるのではないかと思います。
しかしながら、株式市場の動きというものはなかなか読めないものですね。5月23日の午後から突如株価は暴落を始め、同日は前日比1,143円28銭下落(※1)。その後も日中の値幅が500円を超えるような乱高下を連日繰り返し、5月30日には前日比737円43銭安、6月13日には前日比843円94銭安となるなど、5月23日の高値から大幅に下落してしまいました。この間に大火傷を負ってしまった個人投資家の方も大勢いらっしゃるものと推察いたします。

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と、最近の株式市場の動きを総括したところで、閑話休題。みなさま、ご自分の手をじっくりと眺めてみてください。注目していただきたいのは、人差し指と薬指の長さです。この2本を比べたときにどちらが長いでしょうか?また、長さに差があるとしたらどれほどの差があるでしょうか?

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株取引の話をした後でなぜだか今度は指の長さの話。何とも支離滅裂な展開のように思う方が多いかと思いますが、この両者、実は不思議な関係があるのです。なんと、「人差し指が短い人の方が株取引で儲け上手」だということらしいです。ケンブリッジ大学のコーツ博士らの調査によると、ロンドンの個人投資家49名を集め、指の比率と株取引における年間損得額比較したところ、薬指に対する人差し指の比率が小さければ小さいほど収入が多いことがわかったそうです。同博士の論文中には具体的な数字も示されていて、人差し指の薬指に対する比率の大きい人、例えば0.99(つまり人差し指と薬指がほぼ同じ長さ)の人では、年間の平均獲得金額が約60万ポンドであるのに対し、0.93前後の低比率の人では680万ポンドと、11倍以上の差があったとのことです。
また、この「人差し指の短い人ほど株取引で成功する」という結果は、科学的にも説明がつくそうです。そもそも指の長さというのは胎生期に浴びたテストステロンという男性ホルモンの量を反映していて、生まれる前にテストステロンを浴びた量が多いほど人差し指が短くなるそうです。そして、ヒトでも動物でも、生まれる前にテストステロンに多くさらされると、自信に満ちたタイプになり、危険を好み、粘り強く調査し、注意深くなり、反応や動作が速くなる傾向があるそうです。
株取引の現場は様々な情報が高速に飛び交う戦場でありますから、そこで勝ち残っていくためには、慎重な洞察力もさることながら、瞬間的な判断力や行動力が求められるということなのでしょう。人差し指の短い人は、誕生前により多くのテストステロンさらされているから、上述のような資質を備えている確率が高く、結果として投資家に向いていると言えるのではないでしょうか。

ところで、私もデイトレーダーではありませんが、株をやっているので、個人投資家の端くれといったところでしょうか。(職業柄自分に利害関係ない銘柄ですけど…)気になったので、自分の手を見てみたところ、じっくりと凝視するまでもなく、人差し指の方が長いことが判明しました。自分が株で儲けられない理由がよくわかりました・・・( ̄□ ̄;)

注:人差し指の方が短いからといって、株で儲けられるかどうかはわかりません。このブログを読んで、株を始めて、結果として損をしたとしても、当方は一切責任を負いかねます。あくまで投資は自己責任でお願いいたします。

松原 創
【プロフィール】
湖と精密機器の街、長野県諏訪市出身
東京大学経済学部経営学科卒業
2004年の会計士2次試験合格後、中央青山監査法人→みすず監査法人→監査法人A&Aパートナーズと渡り歩いて現在に至る。2009年公認会計士登録。
【信条】
常に感謝の心を持っていること、誠実であること、謙虚であること

2013.07.1

21年ぶりの歓喜

2012年11月24日、この日は、私の地元の広島県民にとって忘れられない日となった。この日Jリーグのサンフレッチェ広島が、4-1でセレッソ大阪を下し、リーグ優勝を決めたのである。優勝決定こそ最終節のひとつ前までもつれたものの、最終的には2位に勝ち点差7をつけた堂々たる優勝であった。広島の野球・サッカーのチームが優勝するのは、1991年の広島カープのセ・リーグ制覇以来、21年ぶりのことである(ちなみにサンフレッチェはJリーグが2ステージ制であった1994年に1stステージ優勝という実績があるが、これは正式には優勝とは数えられないらしい。。)。また、この優勝により、「オリジナル10
(Jリーグ発足時の10チーム)の中で唯一国内3大タイトル(Jリーグ、天皇杯、ナビスコ杯)を何一つ獲得していないチーム」という汚名も返上することができた。
Jリーグが発足して20年、サンフレッチェの歴史は、資金難と屈辱の歴史であった。相手チームと戦う以前に、毎年、資金難との戦いを強いられてきた。この初優勝にたどり着くまで、2度の二部リーグ降格も経験した。実は、選手の質が低いわけではない。日本代表にはかなりの数の選手を輩出しており、特にGKとFWは秀逸である。チーム発足よりGKは前川和也、下田崇、西川周作と常に代表選手で受け継がれ、FWはさらにすさまじく、高木琢也に始まり、久保竜彦、そして今は2012年四冠王(得点王、MVP、ベストイレブン、フェアプレー賞)の佐藤寿人と、日本のサッカー史上に名を残す名選手によって受け継がれてきている。
問題は、年俸の高騰した多くの選手が定着しないことである。それは、選手本人が高年俸を求めて出ていくこともあれば、チームが資金負担に耐えられず放出を余儀なくされることもある。また、選手層が極めて薄く、怪我などで主力が離脱すると一気にチーム力が落ちてしまう。
優勝した2012年も、このような資金難との戦いから幕を開けた。何しろ、選手以前に当時の監督であったペトロビッチとの契約延長すら、資金の問題で断念したくらいである。また、この年の開幕前にはGK下田崇やMF服部公太など、長年チームの屋台骨を支えたベテラン選手たちもチームを去っている。ペトロビッチの後任には、チームOBの森保一が就任したが、ベテラン選手の放出と未経験の監督の招聘により、一部の評論家にはこの年の降格候補に挙げられる有様であった。
しかし、その後この未経験の青年監督の招聘が吉と出ることになる。皆さんも、1993年の「ドーハの悲劇」はご記憶かと思う。日本代表がW杯初出場まであと何秒、というところで、イラクに同点ゴールを許し敗退した、あの事件である。悲劇として語り継がれると同時に、急激に強くなっていることを世の中に印象付けたあの時代の日本代表で、守備的MFとして不動の地位を築いていたのが森保一である。彼は決して上手い選手ではなく、むしろ下手な方の選手であった。しかし、中盤の低い位置でただひたすら相手のパスコースをふさぎ、相手の攻撃を遅らせる、そういった地味な作業を90分間、一瞬もサボらず正確に続けられる、粘り強く頭の良い選手であった。
この青年監督は、自身の謙虚な性格そのままの変化をチームにもたらした。前任者によって築きあげられたストロングポイントである攻撃には手をつけず、自らが得意としていた守備についてだけ、変化を加えた。前任者のサッカーは、攻撃的で確かに見ていて面白いものであったが、守備に全く頓着しなかったため、いわば4点取っても5点取られて負ける、そんなサッカーであった。森保監督による守備の改革により、前年リーグ11位の49であった失点数は、この年リーグ2位タイの34と、劇的に改善した。
また、地方のチーム・資金難のチームにとっては当然であるが、サンフレッチェは外部からの補強には限界があり、自前での選手の育成に力を入れるチームである。2012年はそれが大きく花開いた年でもあった。チームの象徴でもある双子のMF森崎兄弟(ユース出身)は円熟期を迎え、長く怪我に泣かされてきたMF高萩洋次郎(ユース出身)やMF青山敏弘(岡山・作陽高出身)もこの年フルに活躍することができた。特に高萩選手の活躍は目を見張るものがあった。天才肌のプレーヤーとして早くから期待され、相手どころか味方まで欺くパスセンスで、一部で「天才」を通り越して「変態」(笑)という有り難くない称号まで頂戴している選手である。前年までは天才にありがちなムラっ気を見せることがあり、ボールロストも多かったが、2012年は一年を通して安定した活躍を見せていた。
私は、サンフレッチェの試合はほぼ全試合、録画を含めTV観戦している。開幕から5、6試合目で、「あれ、なんか今年は調子いいな。」と思っていたが、あれよあれよという間に勝ち点を重ね、ついに18試合目で首位に立った。その後、しばらくはベガルタ仙台との間で抜きつ抜かれつを繰り返していたが、25試合目となる9月25日の直接対決を2-1で制して以降、一度も首位を奪い返されることなく、優勝にたどりついた。ちなみに、広島で行われた9月25日の直接対決、私は何と見に行っている。たまたま1泊で帰省していただけだったのだが、まさか広島で地上波のTV中継をしていないなど露知らず、いてもたってもいられなくなって「アンタ、一日しかおらんのにサッカー見て半日空けるって、何しに帰ってきたん」とすがる親の手を振りほどき、スタジアムに駆け付けた(母ちゃんごめん)。その日のスタジアムは資金難の一因ともなっていた客入りの悪さなどどこ吹く風で、富良野のラベンダー畑かと見紛うような紫一色(注:サンフレッチェのチームカラーは紫)だった。あの光景は忘れられない。また見たいなあ。。
さて、Jリーグの上位チームには、アジアNo1を決める「アジア・チャンピオンズリーグ」への参加権が与えられる。2013年、前年のJリーグ王者として参加したサンフレッチェは、大きな補強をするわけでもなく若手主体でこの大会に挑み、1勝も挙げることなくグループリーグで敗退した。この件につき、ネット上では「Jリーグの恥」などと辛らつな評価を受けているが、私はこれでいいと思っている。土台、毎年出られるかどうか分からない二つのコンペティションを掛け持ちするだけの戦力を持つ余裕など、このチームにはないのだ。元々昨年の最初には降格候補に挙げられていたチームである。むしろ優勝したとき、調子に乗ってそんなことをすれば、それこそこのチームにとって「終わりの始まり」になるのではないかと私は危惧していた。そこは謙虚な森保監督、しっかりとこの大会を若手の育成に充て、過密日程を乗り切ってくれた。おかげで、今年も13試合を終えた時点で5位と好位置につけている。これから何年も、まだまだこのチームは楽しませてくれそうである。
そして願わくば、生きているうちに(ってまだ私30代ですが)、もう一度サンフレッチェが優勝するところを見てみたいものである。

あ、あの赤い野球チームもね!

宮之原 大輔 (マネージャー)

<モットー>
一日一半荘

<経歴>
東京大学経済学部卒業後、商社に勤務するも2年と持たずに逃げ出す。

200110月に中央青山監査法人入所。主として建設業の監査業務に従事。

2007年7月、監査法人A&Aパートナーズに入所。

<趣味>

麻雀、フットサル

<メッセージ>

監査という仕事は車のブレーキと同じです。

ブレーキのついていない車は必ず事故を起こします。

一方で意味のないブレーキをむやみに踏んでいると、会社業務は渋滞を起こします。

踏むべきブレーキは必ず踏んだ上で、乗り心地のよいブレーキを目指したいと思いま

す。