2012.08.20

びっくり飛行機体験

昨年の春ごろに韓流好きの母が韓国に行きたいと言い出し母と妹、そして私の女三人での韓国旅行を計画しました。
仕事や学校、それぞれの都合を合わせた結果出発は九月末。初海外の母と妹と共に、期限切れのパスポートを更新して宿、飛行機の手配などしているうちに時間は過ぎあっという間に出発日となりました。
移動を考え成田ではなく羽田から、出発は朝の9時。現地で昼食をとり明るいうちからたっぷり遊べるプランです。
国際線のため出発の2時間前から空港で待機、父に見送られ飛行機は定刻通りに出発となりました。
利用したのは航空会社A。出発地や時間など、金額は少々高めですが国内の会社のため安心です。
が、出発してから30分、なぜか機内に漂う焦げた香り。
「何か変なにおいがするね」
と、母と妹と、また機内がざわついた頃、窓の外にはなぜかあり得ない煙が。
そしてどこからか聞こえてくる、機内でも煙が出ている!との未確認情報。
母と妹の手前「大丈夫だよ」と冷静に言いましたがこんなことは初めてです。
半笑いで不安がる家族とそれぞれ「大丈夫だよ、大丈夫だって」と繰り返しながら心の中では(ああ私、死ぬんだな)とそればかりを考えていました。
出発前に父が母に言っていた「もし飛行機が落ちたら若い奥さんを貰うから(笑)」というやり取りがまさか本当になるとは、ああでも3人保険に入っているから残った家族は大丈夫、ああそうだ仕事はどうしようか、友達とも約束が……などとひたすらに己の死後を思っているとやっと機内アナウンスが。
「エンジントラブルのため、当機は羽田に引き返します」
焦げた匂いが充満した機内はザワザワザワ。
誰もが不安だったようで、原因と対応を聞き一安心という雰囲気。
私も「羽田に帰るなら安心だね、途中で落ちなくてよかった」などと安心した風を装いますが心の中では(ああ、やはりトラブル! どうしよう、帰る途中に落ちるんだ!)と悲観状態が続きます。
やっと安心したのは飛行機が羽田に着陸し、無事に地面を踏んでからでした。
飛行機からタラップを使い滑走路に降り、そこからやってきたバスに乗車します。
現金なもので降りてしまえば不安は飛び去りこんな経験は初めてだと状況を楽しむ余裕もできました。
どうやら同便に韓国のアイドルが乗っていたらしく携帯電話のフラッシュがたかれる中誰誰?と盛りあがりつつ、ようやく空港内部に着くと、またアナウンスです。
「機体を変えての出発となります。今しばらくお待ちください」
とのこと。
せいぜい1時間か2時間だろうと勝手な目算を立てつつ「機内食出なかったねー、出る前に煙出ちゃったから」なんてお茶をしながら待つこと2時間。しかし一向に再出発のアナウンスがありません。
しびれを切らして搭乗口に様子を見に行くとなにやら人だかりが……。
大勢に詰め寄られ航空会社の方が何かを話しています。
なにやら雲行きが怪しいと近づいてみるとなんと、
「すぐに出発する筈だったがそれは規定によりできませんでした、出発まであと4時間かかります」
と耳を疑う言葉!
詰め寄る乗客ヒートアップ!
これまで2時間待ったうえに更に4時間、降りてすぐ成田に向かった方がよっぽど早いのではないかと思える状態に、私の心も穏やかではありません。
6時間も遅れたら羽田で午前中出発にした意味なんてないじゃない、ハハハ……なんて沈みながらも待つこと6時間+1時間。そうです、予定の4時間よりも更に1時間オーバーしての、ようやくの出発です。
明るかった外は暗く、待っている間に出たのは航空会社のお弁当と、機内で配られるおつまみ袋とペットボトルのお茶が1本。
空港のロビーで待ちました。7時間。座りっぱなしで。
ロビーで待つ百人単位のテンションもほぼ最低値、韓国アイドルはずっと寝ていたそうです。とはいえようやく動ける!と飛行機に乗り込んだところなにやら封筒を渡されました。
機内で確認すると金2千円。航空会社からのお詫びだそうです。ご飯代の足しにしようかーなんてむなしい軽口を叩きつつようやく出発です!
幸いにして2度目のフライトは問題もなく、7時間遅れの定刻で無事に韓国にたどり着きました。
既に外は真っ暗で8時を回っています。しかしご安心あれ、韓国は夜が遅い!
ホテルにチェックインしてから3人で夜の街に飛び出し焼き肉を食べて、その日の鬱憤を吹き飛ばしました。
予定よりも半日ずれ込んだ到着でしたが、落ちるよりはまし!と言い聞かせ、その後2泊の日程を楽しみ帰国とあいなりました。
帰りの飛行機は快適そのもの、遅延もなく、煙も出ずに無事に日本の地にたどりつきこうしてブログを書いています。
これまで何度も飛行機に乗りましたがこういうことがあるんだなぁと、今ではいい思い出です。本当に落ちなくてよかった!

福沢 育子(ふくざわ いくこ)

青森県出身(といっても本籍のみで生まれてからはずっと東京)

ソフトウェア開発業を経てAAPへ。社内PCのイロイロやIT監査のお手伝いをしています。