2010.03.29

以前にもブログにしましたが、また音楽の話をいくつか書きます。

1.ビートルズ

最近“ゴールデン・スランバー”(意味は黄金のまどろみ)というタイトルの邦画があるのを知りました。そうです、ビートルズの曲名と同じです。昨年、リマスター盤が大好評で相変わらずの人気のようです。60年代のグループなのに、いまだに古臭さを感じさせないところが凄いと思います。私も中学のころ(75年前後の話ですが)ビートルズが流行りまして、少ない小遣いでLP盤を何枚も買いました。どのアルバムも素晴らしく11曲が印象に残ります。和洋問わずアーチストのアルバムはアルバム全体としてはいいものの、それらの曲の中にはその曲だけでは今ひとつ、という曲が必ず何曲かあるのが一般的、というかいわゆるベスト盤でない限りそれが普通なのでしょう。ところがビートルズのアルバムの各曲は、私見ですがどれもシングルカットが可能では、と思える曲ばかりなのでは?と思えてなりません。そんな彼らのアルバムの中で、私は月並みですが“サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド”と“アビイ・ロード”が好きです。

  昔はサージェントの方が好きだったのですが、最近(リマスターではありませんが)CD盤を聞いているうちに、アビイ・ロードの奥深さに改めて感動しました。よく言われていますが、9曲目から始まる8曲メドレーが何といっても素晴らしい。“ゴールデン・スランバー”はその中の1曲です。

2.ポール・ポッツ

  この名前をご存じありませんか。いろいろな芸や才能の持ち主がその技を公開ホールで披露するイギリスの番組で優勝し、一躍有名に、そしてテノール歌手になった方です。携帯電話のセールスマンをやっていたものの音楽への夢が断ち切れず、その番組に出場、見事優勝しその後デビュー。全世界で何百万枚も売り上げた、現代のシンデレラボーイ?です。ちなみにシンデレラって意味ご存知ですか。シンデレラは素晴らしいお姫さんの名前だとずっと思っていましたが、何年か前、娘とディズニーアニメを一緒に見ていてその由来をはじめて知りました。灰のエラ(名前)という意味なのですね、ビックリしました(詳しくはお調べください)。さて、このポッツさんの歌声は素晴らしいです。昨年何回か来日したそうです。3大テノール(カレーラス、ドミンゴ、パバロッティ)はもちろん凄いのですが、彼らにはない何か響くもの感じます。特に、オーディションで歌ったプッチーニの“誰も寝てはならぬ(トューランドットより)”は昔から好きなオペラ曲(イナバウアーの荒川選手が金を取った曲)ですが、それを彼が唄っているのを聴くと目頭が熱くなるのを感じます。

3.ケミカルブラザース

  CMのBGMに聴き覚えあると思います。歌詞はありません。昔の東京モード学園のCM、別の曲ですが最近では三菱地所のイメージCMに採用されているテクノグループです。テクノポップは私の高校のころ流行りましてYMOなど大好きで、テクノカット(もみあげ部分を真横に直線断髪)もやってました。その後、ブームは去り自分自身としてはいつのまにかテクノポップは忘れ去られた存在になっていました。ところが何年も経ち事務所のある若手と音楽談義をしたとき、彼のお勧めだということでケミカルブラザースのCD盤を貸してもらいました。とても感激しました。BGMは何となく気になっていましたが何故今までこのグループを知らなかったのか、と思いました。単なるテクノを超える表現力でその完成度は文句がありません。ジャンル的に好みがあるでしょうが三菱地所のイメージCMを見ることがありましたらBGMをよく聴いてみてください。

4.ジプシーキングス

  20年以上前に、エスニック音楽、あるいはワールドミュージックというのが流行りました。要は英米のポップス以外のポップス系音楽です。数年前から披露宴のBGMで大人気のエンヤもこのときの一員でした。当時はオリノコフロウという曲で有名でした。そんなエスニック音楽の中で私が最も好きなのがジプシーキングスというグループで、フラメンコギターの調子のもとしゃがれたボーカルがいい味で唄うそんなグループです。CMではキリンビールでボラーレ(今は日本語のカバー)というのがあり、またドラマでは鬼平犯科帳のエンディング(これはインストルメンタル曲です)が有名です。私は彼らのなかでもジョビジョバという曲が大好きで何度聴いても血が滾る思いのする名曲です。フラメンコのように手拍子が響くサビが耳にこびりついて離れません。

 テンションをあげたいときにはうってつけの1曲です。

5.狼少年ケンのテーマ

  噛むんとにゃんにゃん・・・という曲に合わせて女の子が踊っているガムのCMです。そこそこの年代の男性の方、聴き覚えありませんか。そうです、(アニメではなく当時は)マンガの“狼少年ケン”のテーマソングです。たしかまだカラーではなかったと思いますが、よく見ていました。狼に育てられた野性児ケンを描いた少年漫画です。懐かしのアニメ番組紹介などで、ちょっとだけですが当時の画像を目にします。テーマソングはボバンバ・バンボ・ブンボ・・・で始まる曲です。軽快なリズムで誰の耳にも心地よいのでCMにうってつけなのでしょう。深夜のランク王国でも印象に残るテーマソング・CM曲で上位にランクされていました。6070年台のアニメやヒーローものの主題歌は傑作ぞろいです。他のCMでもプロバイダのサリーちゃんや缶コーヒーのガッチャマン、携帯電話の鉄人28号も最近流れています。耳に残っているので今でもソラで唄える曲ばかりです。専門家曰く、これらの年代のテーマ曲はすぐに覚えてもらえるよう音域を狭くメロディも単純にしているからだそうです。どおりでいつまでも覚えているし、よく使われるわけですね。

木間 久幸
<プロフィール>
慶應義塾大学商学部卒業後、新光監査法人、太田昭和監査法人を経て、監査法人エイ・アイ・シー(現在の監査法人A&Aパートナーズ)に入所。平成4年よりパートナー。
<メッセージ>
風通しのよいオフィスを築いていきたいと思います。

2010.03.22

高知県

私の父の実家は高知県にあります。

小さい頃は年に一度帰省し、山に海にと典型的な田舎の夏休みを過ごしていました。

ここ最近はなかなか帰る機会もないのですが、たまに帰ると改めて田舎だなぁと実感します。

地理が苦手な人は高知県と言われてもすぐに場所もわからないのではないでしょうか?

高知県は四国にあります。四国の一番太平洋側にあるのが高知県です。

名物は龍馬です。

小さい頃は高知空港と名乗っていた空港も、いつの間にやら高知龍馬空港です。

とりあえずなんでも龍馬です。

高知の土産物屋は龍馬のマスコットグッズでいっぱいです。

桂浜のでかい龍馬の銅像は太平洋の彼方を見つめています。

その脇にあるのは龍馬記念館です。

その甲斐あってか、今や大河ドラマで福山が演じるほどになりました。

今年は高知ですね。

 

…とここまで高知県を推してみましたが、私もここ数年はあまり高知には帰っていません。

本当はもっと頻繁に帰りたいのですが、忙しさと遠さに負けてここ最近はあまり帰れてないでいます。

 

こんなエセ高知県民ですが、私なりに高知県の特徴を挙げてみて、高知県の知名度向上に貢献してみたいと思います。

 

高知県の特徴①:田舎

田舎です。高校野球の地区予選でも4回勝ったら甲子園です。

私の父の実家はその中でも特に田舎です。ちょっと前まで風呂は五右衛門風呂でした。

 

高知県の特徴②:酒飲みが多い

酒飲みが多いです。私の両親は高知で結婚式を挙げましたが、高知県の結婚式は3日間かけて行うそうで、その3日間はずっと飲みっぱなしだそうです。

私も小学生の頃、見ず知らずの親戚に酒を強要された記憶があります。

 

高知県の特徴③:食材が豊富

いろんなものを食べます。私の実家では猪や鯨が食卓に並びます。

有名なのは鰹かと思いますが、「文旦」と呼ばれるちょっと大きめの柑橘類がお勧めです。その他果物、野菜も豊富です。

 

高知県の特徴④:坂本龍馬

さっきも挙げましたが、とにかく高知の街を歩くと龍馬だらけです。

高知県の偉人には他にも板垣退助や岩崎弥太郎など数多くいるのですが、やはり龍馬なのでしょう。

 

ほかにも高知県のいい所はたくさんあります。

なかなかお伝えすることも難しいのですが、良ければ是非一度行ってみてください。

 

最後に一言:今月で29になりました。20代最後の1年、がんばります。

田村 聡一郎(スーパーバイザー)

経歴

学習院大学法部卒業後、中央青山監査法人入所。 小売業から製造業まで、幅広い会社の監査を経験後、20077月に監査法人A&Aパートナーズに移籍。

趣味

小中高大と続けた野球!

メッセージ

まだまだ発展途上の身ですが、あせらず自分のペースで今後も精進を重ねてまいりたいと思います。宜しくお願いします!

2010.03.15

三重県

「三重県ってどこにあるか知っていますか?」

東北地方の方にこの質問をするとしばしば「正確な場所はわかないけど近畿の方ですよね」という回答が返ってきます。

プロフィールを見ていただけるとわかるとおり、僕は高校卒業までどっぷり三重県生まれの三重県育ちです。そんな僕が言うのもなんですが、まだ47都道府県のうち半分くらいしか行ったことのない僕が言うのもなんですが、三重県って結構いいところですよ。

今回は、特に観光大使に任命されているわけではないですが三重県の紹介をしたいと思います。

 

【場所】

東北地方の方のおっしゃる通り、『近畿の方』にあります。紀伊半島の東部に位置する県で、南北の長さが約180km、東西の幅が1080kmと、非常に細長い形をしています。ここで注意が必要です。紀伊半島にあるからって安易に「近畿地方です」なんて言おうもんなら怖い方に「一緒にすな」と怒鳴り散らされます。しかし、国土整備行政上、三重県は近畿地方と中部地方の両方に含まれている県なのでその旨を優しく伝達することによってこの問題は解決します。

県の東側が伊勢湾に隣接していて、西側には鈴鹿山脈等の山々が並ぶ地形上、海の幸山の幸が非常に豊富です。

東京からですと、新幹線で名古屋近鉄で津まで来て約4時間で県庁所在地の津につきますし、車でも東名伊勢湾岸伊勢自動車道で約5時間です。東京からはこのくらいの時間がかかりますが、大阪・名古屋には1時間あれば着いてしまいます。

 

【気候】

 はっきり言ってこの点については、マイナス面が有名です。お隣和歌山県の潮岬に上陸する台風の直撃を受ける事が多く、「台風銀座」と呼ばれているほどです。また、台風を除いても三重県の南の方では降雨量が多く、僕の生まれた尾鷲市なんかは年降水量の平均が4,000mm程度に達します。日本の平均降水量がだいたい1,500mm2,000mmなのでいかに凄まじいかがわかります。

 

【名産等】

いろいろありますが、やはり松坂牛、赤福、伊勢エビが有名です。これ以外にも、桑名の蛤や安永餅、伊賀牛や伊賀のかた焼き、的矢の牡蠣等数え切れません。また、県庁所在地である津は、一人あたりのウナギの消費量が日本一で、おいしいうなぎ屋さんがたくさんあります。伊勢自動車道の芸濃ICからほど近い「うなふじ」は絶品ですので是非行ってみてください。

 

【観光等】

観光についても、良いところが多すぎて困ります。

Ø  天照大神が祭られており、全国の神社から本宗と仰がれている伊勢神宮

Ø  リアス式海岸とスキューバダイビングやサーフィンの名所で有名な伊勢志摩国立公園

Ø  F1開催地である鈴鹿サーキット

Ø  真珠発祥の地、ミキモト真珠島

Ø  伊賀忍者の郷・松尾芭蕉の故郷である伊賀市

Ø  世界遺産熊野古道 等々です。

 

【三重県出身の人物】

 良い環境からは、優れた人物が輩出されます。俳人・詩人の松尾 芭蕉、佐佐木 信綱。選挙における政党の政権公約としてのマニフェストを提唱し、世に広めた元三重県知事 北川 正恭氏、書家の 莫山氏、ファッションデザイナーのドン小西氏、小説家・推理作家の江戸川 乱歩氏、映画監督の市川 氏、高畑 勲氏。財界では、トヨタ自動車前会長奥田 碩氏、朝日新聞社創立者村山 龍平氏、芸能界においても、故植木 等氏、平井 堅さんや椎名 桔平さん等が三重県出身です。

 

 伊勢志摩のゴルフ場でゴルフをして、鳥羽や賢島のホテルに滞在し、伊勢神宮に寄って帰ってくるなんていうのんびりした休日が取れる人なんかにはうってつけのスポットだと思うのでぜひぜひ行ってみてください。

<氏名>
吉村 仁士

<経歴>
早稲田大学商学部 卒業
中央青山監査法人 入所
平成19年7月 監査法人A&Aパートナーズ 入所
現在に至る

2010.03.8

スポーツと私

まおちゃん、銀メダルおめでとう!
今ブログを書くならこの話題しかないでしょう。

私は小さい頃から運動が苦手でした。野球なんかフライは取れない、ゴロはトンネル、打席に立てばデットボール。野球が上手な人は本当に尊敬します。小学校の運動会でも活躍など望めず、リレーの選手など夢のまた夢。私の両親はさぞ寂しい思いをしたことと思います。自分が親になって子供の運動会を見ていると分かります。運動ができない男子って、はっきり言ってカッコ悪い。水泳もできませんでした。小学生の時、見かねた両親にプールに放り込まれたこともあります。
そんな私ですが、なぜか運動のできない自分を受け入れることをせず、常に運動部に所属していました。小学校・中学校ではボーイスカウト活動。中学の軟式テニス部は所属していただけという感じでしたが、高校では何をトチ狂ったか陸上部に入部。普通、陸上部ってリレーの選手常連とか、走りに自信がある人達が入るところですよね。しかしこんな私を暖かく受け入れてくれる良い仲間に恵まれ、皇居の周りを走る毎日でした。この陸上部入部が私の大きな転機となりました。「高校時代は陸上部でした」と胸を張れる記録は残せませんでしたが、腐っても陸上部。部活をやっていないクラスメートにはそうそう負けません。高校2年生にして生まれて初めてクラスのリレー選手に選ばれました。しかも2位でバトンを受け継いだ私が、トップを抜かして1位になりそのまま優勝。クラスの多数決で勝利に最も貢献した選手に選ばれ、メダルに加えてトロフィーももらいました。高校の運動会のメダルなど、本物のアスリートの皆さんにとっては取るに足りないことだと思いますが、私にとっては人生の一大事です。気分はMVPをとった松井みたいなものでした。

勢いに乗った私は、大学に入ると準体育会のアイスホッケーサークルに入部。チームは厳しい練習で知られ、30人以上いた同期は5人に減ってしまいましたが、ここでも良い仲間に恵まれ、授業そっちのけで4年間スケートばかりしていました。留年というおまけもありながら、結局アイスホッケーはうまくはなりませんでしたが、試合にも出場し、優勝も経験し、自分でもスポーツがやれるのだと大きな自信になりました。イメージ的には宮益でしょうか。「努力してましたから… 宮さんは…」by神。もうちょっとかっこよくいえばメガネ君。「あいつも3年間頑張ってきた男なんだ」by田岡監督

就職後は会社の同僚に誘われてバスケットボールを始めました。これが結構楽しく、今でも月に1~2回くらいのペースで続けています。子供の小学校のPTAバスケットボール部にも所属し、新しい仲間も増え楽しく活動しています。ちなみにスラムダンクは1年くらい前にバスケ仲間に薦められて初めて読みました。かなり遅咲きですが、今では愛読書です。

水泳は3年くらい前に始めました。海で泳ぐ大会があるというのを知り、やってみたいと思ったのがきっかけです。オープン・ウォーター・スイミングはそれ以来毎年2~3大会出場し、1.5kmから5km位を泳いでいます。プールで泳ぐのとは桁違いの達成感がありますし、塩水につかった後なのでビールが美味い!お薦めです。
サーフィンは夏だけ少しやります。これまたいっこうに上達する気配がないのですが、日の出とともにボードを持って海に入る自分に満足しています。
最近友人に誘われて、高校卒業以来初めて長距離を走りました。1ヶ月くらい早朝トレーニングをして10kmのレースに出場し、青春の皇居を2周したのですが、ほぼ目標タイムで完走することができ満足しています。最近ブームですし、一度はフルマラソン完走を目指したいと思っています。

 アスリートとは程遠い私ですが、スポーツから学んだことがあります。 

 【具体的な目標を立て、妥協しないこと】

言い訳は誰にでもできます。レースまで毎朝走ると決めたら、寒かろうが二日酔いだろうが走らなくてはなりません。また、目標タイムを決めたら1分1秒に妥協してはいけません。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」「シュート2万本です」by安西先生。「2万で足りるのか」by桜木

 【だらだらやらないこと】

スポーツは緩急が重要です。常に全力投球などありえません。「リラックス」by安西先生。「てめーに勝つためだ。覚悟しな」by流川 

【考えてやること】

間違ったフォームでがむしゃらに一生懸命やっても上達しません。うまい人のフォームをじっくり見て客観的に自分のフォームを見直すことも時には必要です。「下手くその上級者への道のりは己が下手さを知りて一歩目」「まるで成長していない」by安西先生。「常にフォームをチェックしろ」byゴリ
一流のアスリートの言葉に重みがあるのは、これらを常人からは想像もつかないほど高いレベルで実践しているからだと思います。
子供にもスポーツを通じて多くを学び、成長して欲しいと考えています。私の子供がスポーツで食べていけるようになるとは思っていないので、いろいろなスポーツを楽しく長く続けて、そこで得たものや学んだことを、勉強や仕事に活かすような生き方をしてくれればと考えています。子どもが自然とスポーツに触れる環境を作るためにも、これからも私自身が細く長くスポーツを続けていきたいと思います。

  <最後に一言>
会計士受験生の方、特に何度か受験経験がある方は上の3つを今一度見つめ直してみてください。必ずヒントが見つかるはずです。  

 <モットー・信条>健全な精神は健全な肉体に宿る

<信条>

混沌の中に秩序を見出すことこそ真の仕事である。

 

<モットー>

職業会計人としての気概を持ち

成長を志す経営者を支援し 

地域に貢献する    

 

<最後に一言>

昨日の自分を超えましょう!

 

一木 伸夫

<座右の銘>

「和而不同」(和して同ぜず)

「銀も 黄金も玉も何せむに まされる宝 子にしかめやも」(山上憶良)

<経歴>

早稲田大学商学部卒業後、プログラマを4年経験。税理士事務所見学を機に公認会計士を目指す。中央青山監査法人に入所し、様々な業種の監査を経験。20077月に監査法人A&Aパートナーズに移籍。20123月に独立し、一木会計事務所設立。

<趣味>

オープン・ウォーター・スイミング

2010.03.1

スキューバダイビング

昨年の夏、ダイビングのライセンスを取得しました。場所はプーケットから車で3時間ほど行った所にあるクラビという秘境の地です。マンツーマンで受講でき、さらに好きな島(ピピ島、ジェームス・ボンド島など)でダイビングレッスンが出来るという看板に惹かれての決定でした。

中学生の頃に数回ダイビングをしたきりで、それ以来ダイビングをしたいと強く望む事もなく、ましてやライセンスを取得する事になるとは思ってもみませんでした。

旅先がマリンスポーツをする以外にこれといった娯楽のないクラビだったからこその選択です。私は海よりもプールを好み、底の見えない海は恐怖心さえ感じてしまいます。しかし、クラビの海はまるでプールのように透明で一度水中にもぐってしまえば恐怖心は消え、水中に広がる魚社会の光景に目を奪われます。

人間の泳いでいる周りを無数の熱帯魚が通り過ぎ、人懐こい魚は手を差し出すと指をつついてしばらく離れません。映画ジョーズの影響かサメは凶暴な生き物だと勝手に決め付けていましたが実際水中で対面してみると、その悠々とした姿に惚れ惚れとしてしまいました。水中には洞窟や沈没船などがあり、その中は太陽光が届かないため視界は悪く不気味でたまりませんが、めったに見ることのできない生物に会う事ができます。私は「タツノオトシゴ」を見ることができました。

朝から夕方まで屋根のない船上で過ごした為日焼けの痕が腕と足にくっきりと現れました。

強い日差しの中にさらされた肌は翌日軽い火傷のようにヒリヒリと痛み赤く腫れて水膨れになってしまいました。最初の水中レッスンが終わると学科の授業が待っていました。

学科ではダイビング単語の理解に苦しみました。水中で良からぬ事をしないように注意深く耳を傾けましたが結局半分も理解できず終了し、その夜、南国まで来てひたすら単語を暗記する事になりました。テストは試験問題に苦しんだというよりも英語に苦しみました。試験は無事合格点を取りましたが、合格発表と同時に先生から「日本語のテキストがやっと到着しました。持って帰って下さい。」と言われ、荷物にしかならないテキストを記念に持って帰ってきました。ダイビングの技術と同じくらい単語力がアップしたような気がします。皆様も機会があればダイビングをしてみてはいかがでしょうか。

 

榎本 小百里(アドミスタッフ)

<プロフィール>
大学卒業後カナダへ留学。みすず監査法人を経てA&Aパートナーズ入社。

 

<好きな言葉> 

自分らしく。(どんな時も自分らしさを大切にしたいと思います)

<メッセージ> 

A&Aパートナーズのメンバーでいられる事を誇りに思います。未来を切り開いていける、この事務所にはそんなエネルギーを感じています。