2008.11.24

思いで旅行

 先日、卒業以来初めてとなる大学の同窓会があり、卒業旅行で訪れたニューヨークの話題で盛り上がりました。

 卒業旅行で初めて訪れたその街は旅行程度の日数では到底味わい尽くせないほど刺激的な街でした。私はゆったりNYを満喫しようと考えていました。しかし、この卒業旅行ではそんな甘ったるい事は許されませんでした。旅行中は早朝7時に起床、1日中あちこち動き回り、真夜中をとっくに過ぎた時間に就寝。友人たちの見事なスケジューリングのおかげ!?で無駄な時間は一切なく旅行前半戦を乗り切りました。この頃、目覚めの時間になると私の脳は意識もうろうとして体はフラフラでした。あまりの寝不足で朝起きる時も辛いのですが2月のニューヨークはホテルの玄関を出るときも辛いのです。寒さが素肌に突き刺さるようです。しかし後半戦に入るとその症状は悪化し、ほとんど睡魔との戦いになってきました。楽しみにしていた本場ブロードウェイでのミュージカル「美女と野獣」では美女や野獣が登場する前に私は眠りに落ち(開幕後5分)、覚えている事と言えば、終演後、大いに感動したと思われる隣席の友人に開口一番「(寝るなんて)信じられない」と言われた事です。私もわざわざ本場ブロードウェイまできて寝たくなかった・・・と思いながらも「次回NYに来たらリベンジしよう。」と決めました。

 翌日のバスケット観戦では「今日こそは寝ないぞ!」と睡魔との闘いに備えコーヒーとコーラを買い、いざNBA観戦。やはり本場は熱気も迫力も段違い。眠気もふっとびニューヨーカーの迫力に圧倒されながらも友人と歓声を上げて応援しました。しかし、残りわずかという一番盛り上がる所で力尽き、目覚めれば友人が「財布がない!」と騒いでいました。どうやら私が眠っている間にスリにあった事に気がついたようです。結局、財布は出てこずじまい。友人は落ち込みホテルへの道のりが果てしなく感じました。

 その頃、学生だった私達は3人共スターバックスでアルバイトをしていた事もあり、NYでホッとできる場所として、締めはスタバというのが暗黙の了解となっていました。1日の最後に行くスタバの威力は絶大でそこでのガールズトークが一通り終わる頃には友人もすっかり元気を取り戻していました。ミュージカルも見られなかったし、スリにもあったけれどやっぱり気の合う仲間との旅はそれだけで十分楽しいものでした。

 大学時代の仲間でこの話題になると最後は必ず「また行きたいね」で締めくくられます。おばあちゃんになった頃にもう一度ニューヨークへの旅行を企画できたらと思います。同窓会での思い出話をきっかけに、そろそろ「美女と野獣」へのリベンジもかねて一足先にニューヨークへ行きたくなりました。ネットで検索したところすでに「美女と野獣」は上映終了となっておりリベンジは果たせそうにありませんが今度は睡魔から解放されて、ゆっくり散歩でもしてこようと思います。

榎本 小百里(アドミスタッフ)

<プロフィール>
大学卒業後カナダへ留学。みすず監査法人を経てA&Aパートナーズ入社。

 

<好きな言葉> 

自分らしく。(どんな時も自分らしさを大切にしたいと思います)

<メッセージ> 

A&Aパートナーズのメンバーでいられる事を誇りに思います。未来を切り開いていける、この事務所にはそんなエネルギーを感じています。

2008.11.17

地球防衛軍 山岳訓練 実施される

去る118日 地球防衛軍に召集がかかり、千葉の某所にて山岳訓練が果敢にも敢行された。私も一隊員として、いつも侵略者に備えて訓練を怠ることはないが、朝7時東京駅集合という厳しい召集時間で、眠かった。毎朝の惰眠が後悔された。

訓練開始だ。

最初の訓練は、直径4㎝余りの弾を、350ヤード(ん? ヤード?)前方の的に向かって打ち込むというもので、高度な技術が必要だ。4回打って的に命中させるわけだが、5回打ってしまうと、我々の専門用語でボギーという。

下手なやつは弾を左右に曲げることがあり、その場合、みんなでホワーッという。

弾をなくすとみんなで探し回る。急斜面を匍匐(ほふく)前進することもある、過酷な訓練であった。

最後に訓練結果が発表された。

私の成績は無念にも5位。18個の的を射落とすのに89発も打ってしまった。

最低である。打ちひしがれて帰途についた。

夜、地球防衛軍の隊員の一人が経営する蕎麦屋(日本橋 藪伊豆総本店)で大反省会が催された。

ちなみに、私にとって今回の訓練は、今年になって52回目の訓練であった。

(地球防衛軍:教育大(現筑波大)付属駒場高校の19期卒業生で構成する草野球軍団)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地球防衛軍は、このような訓練を、日々怠らないのであるが、実は、私のオモテの職業は会計士である。オモテはオモテで、日々戦いの毎日である。休まる暇がない。

会計士の敵はキヨギキサイといい、発見次第叩き潰そうと毎日闘っている。キヨギキサイは、普段姿を現さない。数字の陰にひっそりと姿を隠している。会計士28年の経験の中で、キヨギキサイを発見し、退治したことは一度や二度ではない。サルやワニが都会で見つかると時に新聞沙汰になるが、なかには巨大なキヨギキサイもいて、長期間巧妙に隠れ続け、ひょんなことで見つかってしまい、新聞で大きく取り上げられることがある。そんな時は会計士の責任が問われる。私は決してそんなことにならないよう日々気を使っている。これを業界用語で職業的懐疑心という。 

A&Aパートナーズには、50人を超える兵(つわもの)が集まっている。社会や仲間の役に立つ(Be of Good Use)をモットーに、キヨギキサイを相手にして、連戦連勝の毎日である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

齊藤浩司

略歴:1980年中央監査法人入所 ってことは会計士人生35年目
   2007年監査法人A&Aパートナーズへ移籍
   
ひとこと:以前のブログで、継続は力なりって書きましたが、ゴルフは勿論、私たちの仕事も不断の精進を続けなければお客様の役に立てる会計士であり続けることはできない、ということを歳とともに実感するこの頃です。

2008.11.10

私は犬が大好きだ

burogu.jpg 

これまで、このブログに猫は2回登場しましたが、犬は1回もありません。今回、バランスをとる意味で、犬を登場させます。

子供の頃、近所にクロという名前の犬がいました。名前の通り全身ほぼ真っ黒な犬でした。何分子供のころのことなので、どんな種類の犬かは覚えていませんが、今で言うところの中型犬ぐらいの大きさであったかと思います。その家には、当時50歳くらいのおばさんと、その息子夫婦が住んでいました。息子夫婦の記憶は全くありませんが、そのおばさんのことは不思議と覚えています。とても優しい人で、いつも笑顔を向けてくれました。私の家では、そのおばさんを、クロのおばさんと呼んでいました。

ある日のこと、その家の近くに当時よく見かけた3輪トラックが止まって、引っ越し荷物を積み込んでいました。3人家族で住むには家が狭いので、息子夫婦が引っ越すことになったのでした。狭い家のためか、引っ越し荷物も3輪トラックで十分間に合ったのでしょう。トラックの出発を見送りましたが、クロは荷台の片隅で、おばさんの息子に抱かれていました。

おばさん一人が家に残りました。クロがいなくなってもクロのおばさんでした。

引っ越ししてから1週間ぐらい経ってからのことでした。学校から帰ると、母が驚いた表情で私に言いました。

「クロが今日戻ってきたって!東京から1週間かけて戻ってきたのよ!」

「エッ本当なの?東京から一人で歩いてきたの?」

「そうなのよ、クモの巣が着いた汚れた体で戻ってきたって。相当疲れているようだよ。」

引っ越し直後に失踪し、それから一週間後の朝のことだったそうです。

雨戸をあけると、おばさんに向かって、嬉しそうにシッポを振るクロがそこにいたそうです。

どうやって家を探し当てたのか、とても不思議でした。きっとトラックの荷台から、必ずおばさんに会いに戻るんだ、という一心で、途中の景色を眼に焼き付けたのでしょう。

鎌倉までの50KM もの距離を、一週間かけて歩き続けてすっかり衰弱したクロは、それから数日後、大好きなおばさんに看取られて、息を引き取ったそうです。

 

この一件は、私に犬への強い思いを抱かせました。それ以来、私は犬が大好きなのです。

進藤 直滋

私の会計士人生は、いつの間にか40年を越えています。
最初の10年に比べ、後半の30年は、大きな変革の中を通ってきた感じです。
これからの変化は、間違いなくもっと大きくなるでしょう。

2008.11.3

相変わらずのオタクな日々

9月16日火曜日 AAP事務所にて

 なんと、ついにリーマンブラザーズが飛んでしまった。負債総額6兆3千億円。AIGグループもピンチとか。昨年、サブプライム問題が話題になり始めたころ、これで米国の金融や景気はヤバいなと直感したが、サブプライムの内容が分かってくるにつれ、「これってひょっとしたら世界恐慌になるかも」という気がし始めたのが今年の初め。そもそもサブプライムってサブヒューマン(半人間―黒人・ヒスパニック・アジア人・下層白人)

用のプライムローンという意味何だと。米国の金融ペテン師達が考案した恐るべき「事故米」。細かく証券化されて幾多の金融商品、デリバに混ぜ込まれ、世界中、特にヨーロッパにばらまかれている。サブプライムの証券化部分を把握してそこだけ取り除くということが不可能―すなわちコンビニのおにぎりに事故米が混ぜ込まれたのと同じ。信用創造ではなく不安創造を巻き起こす劇薬だ。それにリーマンが飛んだことには格別の意味があり、リーマンはFRB連邦準備制度の連邦準備銀行12行の株主の1社でもあるから。ちなみに米国の連邦準備制度とは、「連邦準備理事会」「連邦諮問評議会」「連邦準備銀行12行」「連邦公開市場委員会」(167年前のデータなので現在は若干かわっているかも)からなっている「民間組織」なのです。

 この先気になるのは実体経済への影響。それに日本の地銀等はリーマンのサムライ債をかなり持っているはず。某地銀は40億持っていると記事が出ていたっけ。

 いずれにしろ毎日世界の金融情勢を注視していなければと警戒感一杯のこのごろです。

1012日日曜日 航空自衛隊百里基地にて

 2週間ほど前にNPOの仲間の元空将(大将) O氏から、「今年の百里基地の航空ショーのチケット送ります」と連絡があり、クライアントのD社のM社長を誘っていそいそと見に行った。M社長は元陸自隊員、それもレンジャー。エリート戦闘員でした(過去形)

 さすがに首都防空軍、戦闘集団だけあって警備がメチャ厳重。手荷物検査も厳重でやっと基地内に入ると96式装甲車が12.7ミリ機銃を搭載して陣取っている。

 さっそくF-15Jをはじめとする観閲飛行。F-2もすごい。昨年入間基地で見たブルーインパルスのT-4の23倍のエンヂン音。さすが第一線の戦闘機隊ですね~。

 人のいないときにと、格納庫で展示されているF-15F-2を見学。1機ずつ准尉クラスの説明員がいて話を聞く。F-2のコックピットを見て驚愕、「そっ操縦桿がない!!!

 普通股の間に1本、操縦桿があるのですが…「F-2はスロットルなどが左右に別々にあるのです」とのこと。「このフェイズドアレイレーダーはどのくらい飛びますか」と聞くと「ニコッ・・・・・・」スイマセン聞いてはいけなかった。反省。

しかしF-2のコックピットは狭い。これでは飛行中に背中も掻けないなぁ。

 基地内でM社長と弁当を購入して(なぜか牛丼の松屋が出ていた)観覧席で昼飯。

E-767電子戦指揮機の巨体に満悦。数機のE-C早期警戒期を束ねる空の司令塔で米軍も持っていない。

 基地防空システムの定番品になった「ペイトリオット」も展示されている。湾岸戦争の時よりもだいぶ命中するようになったもよう。あのときはスカッド1本落とすのに7本かかったとか。兵器と戦争で食っている米国にしてはお粗末ですな。

 それよりF-EJ改。老雄いまだ衰えずその健在ぶりに感激。レーダー他の戦闘システム、対地攻撃システムやミサイル装着装置等、ものすごい改良を繰り返していて、おそらくミグ25クラスとも互角に戦える戦闘力を持っている様子。頼もしい。

 ほぼ1日ひろーい基地を万遍なく見て回り、定番の相変わらず見事なブルーインパルスの編隊飛行に満足し、心地よい疲れとともにM社長と別れ石岡駅から帰京した。

1016日木曜日 代々木体育館にて

 昔上場をお手伝いして何年か関与社員をやっていたF社のN社長から「今度のボクシングバンタム級タイトルマッチ見に行きませんか。チャンピオンはあの長谷川穂積ですよ。5時頃会場で待ち合わせしましょう」と誘われ、ボクシングを見に行ったことのない自分としては二つ返事。

でも長谷川穂積って??-最近ボクシングはあまり見ていないもので…

 当日は4回戦二試合、6回戦二試合、それにタイトルマッチ二試合。メインエベントは長谷川穂積チャンピオン対同級世界2位のメキシコの選手(名前忘れた)、セミファイナルはフェザー級のメキシコ人チャンピオン(これも名前忘れた)対日本期待の粟生選手。

 初めて知ったが、タイトルマッチがTV放映されるので、試合時間帯が決まっており、もし他の試合で1ラウンドノックアウトが続出した場合に備えて予備のカード(4回戦)が組まれていて、この日は2試合の4回戦が用意されていた。この日も早い回でのノックアウトが多く、結局予備の試合も全部実行された。

 TVではタイトルマッチをよく見るが、4回戦を目の前で見たのは初めて。これは本当に面白くてはまってしまった。4回戦なのでスタミナ配分はあまり気にしなく、とにかく最初から壮絶な打合い。1ラウンド終了のころは双方フラフラ。2ラウンド目になると足がフラツキ上半身だけの殴り合い。はっけよいのこったのこった。パンチが偶然当たった方がダウンという状況。やっぱり片方のパンチが当たってダウン。立ち上がったもののレフェリーストップ。「最近は事故を防ぐためにレフェリーストップが速くなったのですよ」とN社長。実はN社長は元プロボクサー、4回戦ボーイだったのです。「私達のころは結構とことんやりましたよ。アメリカでは4回戦専門の選手やタイトルマッチもあるのですよ」とのこと。たぶん上場企業の現役社長でボクサー出身はN社長だけかなーと思いながら、解説を拝聴した。

 いよいよセミファイナルのフェザー級タイトルマッチ。粟生選手は早々にダウンを奪ったものの老獪なチャンピオンに徐々に判定で優位に立たれ、おしくも判定負け。初めてのタイトル挑戦ということで、ボクシングがやや正直すぎたのかなぁー。実力派だし若いのでいずれチャンピオンになると思う。

 いよいよメインエベンとセレモニー開始、と、「ちょっとトイレへ行ってきます」とN社長。「始まりますよ」「まだ大丈夫でしょう」。1ラウンド開始。おっ!チャンピオンの長谷川選手の動きがすごい。同級世界2位の挑戦者のスピードをはるかに上回り圧倒している。これは早い段階で勝負がつくぞ、と思っているうちに何発かチャンピオンのジャブが入った。圧倒的に優位のまま2ラウンド開始。やっぱしスピードと手数で長谷川チャンピオンが圧倒、こりゃやばい社長帰ってこないなー。あっ、ダウン。カウント9で立ち上がったが、そのままチャンピオンのパンチのラッシュ。と、レフェリーが間に入ってレフェリーストップ。2ラウンド240TKO勝ち。N社長がやっと戻ってきて「あー終わっちゃった」でした。

 このあと会場の近くのチョイ洒落た居酒屋でN社長とボクシング談義で盛り上がり、

かなり酔っぱらって11時半ごろ別れたオタクな1日でした。

笹本 憲一
一言:
 最近のオタクな日々を徒然なるままに書きました。

略歴 : 中央大学商学部、日本大学大学院修了後、日本大学講師を経て監査法人中央会計事務所入所。中央青山監査法人時代は事業開発本部で横浜株式公開部長、CSR部長担当。平成197月監査法人A&Aパートナーズ代表社員就任。

趣味 : 歴史研究(先史~昭和史)、軍事研究(現在防衛省系NPOの監事)

    その他マルチオタク(鎧甲冑・戦史・犬・国際情勢・印刷機械……)

スポーツ:100を切れないゴルフと挙がらなくなったバーベル

天敵 : ネギ