2008.08.25

残暑お見舞い申し上げます

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 夏季休暇の折はご理解を賜り、厚く御礼申し上げます。

 当監査法人一同リフレッシュすることができ、

意欲満々で仕事に励む所存です。

 残暑厳しき折、皆様におかれましては、

くれぐれもご自愛くださいますようお願い申し上げます。

                        平成二十年  晩夏

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監査法人A&Aパートナーズ

2008.08.18

まあ、何とかなりますわ。

大学卒業後、半年ほど国内を放浪後、フリーターとして半年ほど生活をする。

その後、ギフト品輸入商社(いわゆるバッタ品輸入会社)にて勤務。輸入品を通関・引き取りにトラックで倉庫まで往復。誤解を招かないように箱を開けさせないようにすることが重要。並行して公認会計士試験準備を始める。

1年後、公認会計士2次試験短答式不合格。試験場で音の出る電卓を初めてみて、気が散って仕方なかった。それまで、折りたたみ式電卓で音の出ないタイプを愛用していたので、帰りに新宿ヨドバシカメラで業界の一般的な電卓を買う。

その1年後、公認会計士2次試験合格。就職活動というものをしていなかったので、合格発表から一週間程度して大手監査法人に連絡したら、大田昭和(現在の新日本監査法人)⇒締切済みとの回答、トーマツ⇒すでに入社研修が始まっているので来るなら早めにどうぞ、朝日(現在のあずさ)⇒英語できるなら入ってもいいよ、中央(現在解散)だけが通常の人と同じタイミングで入社できると知った。その後、中央監査法人(のちの中央青山)に入所。

元々地元で働こうとしましたが、どういうわけか縁あって東京で働くことになりました。

一年目:仕事が終わらずに中途半端(ほとんど白紙)だった監査調書をシュレッダーしていたら、タイミング悪く主査と鉢合わせ。かなーり叱られました。

まあ、何とかなりますわ。

二年目:実務補習所(これを修了しないと3次試験が受けられませんでした)の追試を何とかクリアして修了。実務補習所は、抜け出して付近で飲んでた記憶しかありません。

まあ、何とかなりますわ。

三年目:初めての主査の会社で、経理部長が経理課員に決算操作の指示を出している現場に鉢合わせ。右往左往しましたが、当時審査委員だった社員に何とか来てもらい何とかなりました(木村さんありがとうございました)。世の中こんなことってあるんですね。でも、その経理部長には、銀座・六本木かなりの回数連れてってもらいました。今では普通の飲み友達(失礼ですね)っぽい関係です。まあ、何とかなりますわ。

四年目:3次試験合格。通常の監査業務。錦糸町の繁華街を徘徊しているところをお客さんに目撃されていました。皆さん、どこで誰に見られているかわかりませんよ~。ただし、その人がどうして錦糸町にいたのかは良く分かりません。。。

五年目:通常の監査業務。中国スナック(特に、キヨミちゃん)にハマって、人生間違えそうでした。もっぱら中国語の勉強に勤しんでました。まあ、なんとかなりますわ。

六年目:通常の監査業務。結婚していきなり子供出来てしまいました。まあ、なんとかなりますわ。

七年目:株式公開部に異動。ほぼ毎日、レポート作成・プレゼン・勉虚会後、飲み会。タクシーの乗り方がうまくなりましたが、かなり貯金が減りました。

まあ、何とかなりますわ。

八年目:当時勤務していたみすず監査法人がみごとに解散。行き場がなくなりなし崩し的に、独立開業。この時、A&Aパートナーズのパートとしてお世話になりました。

まあ、何とかなりますわ。

九年目:とりあえず、税理士登録。自力でお金をもらうのは大変ですね。事務所を自前で借りましたが、かなーりお金がかかりますね。まあ、何とかなりますわ。

今年は、もう十年目となってしまいます。今後、どのような人生になるか全くわかりません。いつ終わるかも分からない人生ですが、一日一日を大事に、世間の人に何とか助けられながらやってます。お客さんに納得してもらって、感謝の気持ちを頂くことが大事だと思ってます。まあ、何とかなるでしょう。

地元で仕事していると、当時小中学生時代の関係者とたまたま会ったりして、何だか不思議な気持ちになることもしばしばです。友達の弟が会社作ってたり、たまたま知り合った人の奥さんが、自分の本家筋から出ていたりして、びっくりすることもありますね。事務所が家から車で10分程度のところなので、昼食を家に帰って食べたり、その辺りは地元で働く利点として挙げられます。

A&Aパートナーズの皆様方には、一年間大変お世話になりました。

片岡知彦

昭和4874日生

千葉県在住

ここ9年間の生き様は上記のとおり。

2008.08.11

「こちょ、もっとちょーだぃよぅー、まま」

この秋で2歳になる娘がいる。 地声(特に泣き声)が大きい、という事実に気が付いたのは、約1年前。1歳で入った保育園の、お友達の泣き声が総じて小さいことに衝撃を受けた。  入園当初、朝、保育園へ連れて行くと、私と離れるのが嫌で泣き続けた。1か月半。しかも大声。 初めは「2週間もすれば慣れて、泣かなくなるものよー」と言っていた保育士さん達。そのうち「泣くのは、よく状況を理解しているからよー」と、言葉を選ぶように。  最近は「お話が上手」になってきた。相変わらず大声。「他のお友達の、良い刺激になるわー」と、保育士さん。 

 私の言っていることは、小さい頭ながら、理解してきた様子。 ただ、どのような言葉を発して返事をすればいいのか良く分からず、試行錯誤中。  一番初めに発することが出来た言葉は「まま」。まぁ、妥当な線。そのうち、「もっと」や「ちょーだい」といった、欲求を満たすための言葉を発するようになった。 そんな頃、娘「こちょ、もっとちょーだぃよぅー、まま」。私「え?何が欲しいの?」娘「こちょ、こちょ」私「こちょ?」娘「こちょ!!」私「こちょ、ってなーに?」娘の指がさしていたのは、チョコレート。私「チョコ?」娘「うん、こちょ!!」と満面の笑顔。 

逆さ言葉。大人でも「雰囲気」を「ふんいき」ではなく、「ふいんき」と言うのに似ている。英語の「simulation」を日本語で「シミュレーション」ではなく、「シュミレーション」と言ってしまうのにも似ている。 全くの余談だが、私は小学生の頃、一時「スチュワーデス」になりたかった。しかし、「スチュワーデス」と言えなかったし、片仮名でも書けなかった。仕方がないので、“将来なりたい職業”欄に「ピアノの先生」と書いた。(結局、どちらにもなれなかった。)

  正確に言葉を使うのは、本当に難しい。訓練、というほどのものではなくとも、たくさん使って慣れることが必要。使い慣れた言葉であっても、間違って覚えていたと、後で気が付くこともある。 

仕事の場でも、上司やクライアントの方に対して、丁寧に、正確に話をするのは難しい。今でも結構気を使う。 でも、もっと大切なことは、笑顔だ。「こちょ!」と堂々と言い放つ、娘の可愛い笑顔を見て、そう感じた。 

正確な言葉遣いだって、笑顔がなければ台無し。丁寧に喋ることだけを気にしていたら、慇懃無礼と受け取られてしまう。笑顔を添えた素直な言葉の方が、キラキラしている。相手の心に伝わる。良い関係を築ける。communication」は「コミュニケーション」だが、「コミニュケーション」と言い間違えたって大丈夫。 子供を育てることによって親も育つ、とは良く言ったもの。色々なことに気付かされる。娘の笑顔に感謝。  そんな娘も今では、保育園大好きっ娘。 朝のお別れ時は、笑顔で「ばいばい」。夕方お迎え時は、もっと遊びたくて、大笑いしながら「やーよー」と逃げ回る。夕飯前に「あぃしゅー(アイス)、ちょーだぃよぅー!まま!」。おねだり笑顔も得意技。 「大丈夫なの?」と聞くと、「ぱぃぽーぷー(大丈夫)!!」まぁ、逞しい!

伊藤宏美(いとうひろみ)

<プロフィール>
中央青山監査法人を経て、監査法人A&Aパートナーズへ。

<モットー>
いつも笑顔で!
人の役に立とう!

<毎年の目標>
2キロ痩せる!

 

2008.08.4

暑中お見舞い申し上げます

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 日頃は格別のご厚情を賜り、厚く御礼申し上げます。

 当監査法人は、下記の期間、夏期休暇とさせていただ

 きます。

     

    平成20818日(月)~822日(金)

 

ご不便をおかけいたしますが、

   ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

 暑さ厳しき折、皆様のご健康を心よりお祈り申し上げ

 ます。

                    平成二十年  盛夏

 

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監査法人A&Aパートナーズ